おそらくは Ben Macintyre『The Napoleon of Crime: The Life and Times of Adam Worth, the Real Moriarty』(邦訳『大怪盗――犯罪界のナポレオンと呼ばれた』は絶版)に書かれてあることなのでしょうけど、なかなか興味深い人物でしたので。
Ben Macintyre『The Napoleon of Crime: The Life and Times of Adam Worth, the Real Moriarty』
アダム・ワースは暗黒街の犯罪王。またの名を『犯罪のナポレオン』。
ホームズの宿敵モリアーティ教授のモデルともされる生涯は、波瀾万丈の一言に尽きる。 pic.twitter.com/lqhEFJxLb2
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ワースはドイツのどこかの貧しいユダヤ人の子として生まれた。
ワースが5歳の頃、両親は彼を連れてアメリカに引っ越す。父親は職を得たものの、ワースは何を思ったか10歳の頃に家出をして1人で生き始める。親から切り離され、都会に埋もれると、誰も彼の出自を知る者はいなくなった。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
17歳の頃、南北戦争が始まった。
ドイツ生まれのユダヤ人であるワースにアメリカに対する愛国心などないし、郷土がどこにもないのだから郷土愛もない。ただ、志願する事によって得られる報奨金目当てに年齢を偽って北軍に志願した。
しかし緒戦で彼は負傷し、後送される。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
親も兄弟も親戚もなく、地縁もなければ出自も不明のワースは誰だか分からない人間で、彼は誤って戦死者に自分が入れられている事を知る。ワースはニヤリと笑った。
「こいつはいい。俺はこの世から消えてしまったらしいぞ!」
ワースは密かに病院を去り、名前と顔のない人間となる。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ワースはバウンティ・ジャンパーになった。志願すると見せかけて報奨金を受け取ったら逃亡し、また別の連隊に志願を繰り返す。ただでさえ誰だか分からない人間で、しかも戦死した事になっているワースを誰も捉えられない。
当時こうしたジャンパーはとても多く、南北両軍が激怒していた。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
「恥知らずどもをひっ捕らえろ!」
腕利きの賞金稼ぎや探偵社がジャンパーを捕まえる。ただの脱走兵よりジャンパーは憎まれており、最悪処刑があり得た。中でもピンカートン探偵は名うての追跡者で、ジャンパーを次々捕まえ、やがて彼はワースを追う。
「ちっ、厄介な奴に目をつけられた!」
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ワースはジャンパーを辞めた。どのみち戦争にも終わりが見えてきた頃
名前と顔のない男ワースは裏社会を生きるのに有利だけど、裏を返すとマトモな道は歩めない。彼はニューヨークでスリを始める。ワースはやがて自分でスリをやるより、スリを教えたり、多数のスリを指揮する方が割りに合う事に気づく
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
こうしてワースはギャング達の親玉となり、犯罪をビジネス化した。その辣腕ぶりはカリスマ性を帯びる。また、彼は犯罪はやっても決して嘘はつかず、身内が捉えられれば利害損得抜きで奪還に動いたため、仲間達は彼を強く信頼する。逆説的だけど暗黒街でこそ信用が大事。危ない橋を渡るのだから。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ワースのビジネスは銀行強盗にまで拡大した。逮捕されても当然のように脱獄する。どころか、有望と見込んだ囚人の脱獄を手伝い、相棒にしてしまう始末。
金庫室まで地下トンネルを掘って強奪するなど、大胆な犯罪を重ねるワース。しかしそんな彼の影を捉えた男が。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
「あの時のジャンパーか? 丁度いい、今度こそ捕まえて、これまでの借りを返させてもらおう!」
ピンカートン探偵だった。流石のワースも名探偵には分が悪い。
「ええい! しつこい男だ。何故あいつは俺様を認識できる!?」
ワースはイギリスに逃げ、ピンカートンを撒いた。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ワースは金融家レイモンド氏を名乗り、二重生活を始める。相棒のブラードは石油業者ウェルズを名乗った。
2人はバーメイドのキティをどちらが先に落とせるかを競り合い、結果はブラードの勝ちだったけど、キティはワースの事も好きだったので、奇妙な共同生活が始まる。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ブラードとキティがハネムーンに行ってる間、ワースは2人のために『一働き』して祝い金まで拵えた。キティは2人子供を産んだけど、どちらが父親かは分からないとも言われている。
3人はパリに引っ越し、違法賭博屋を開店した。カジノは2階で、1階は普通のレストラン。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
執念の名探偵ピンカートンが大西洋を渡ってワースの店に入ってきた。ワースは生まれて初めて恐怖する。
「絶対偶然じゃない……! 奴は俺様を地の果てまで追い詰める気だ! ねぐらを知られた以上、ここにはいられない!」
ワースは店を放棄し、イギリスに逃げる。ピンカートンは地団駄踏んだ。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ワースはイギリスの上流階級に参加し、華美な生活を送った。彼の犯罪指揮ぶりは円熟の極みに達し、名前も顔も明かさず、言葉一つ発する事なく数多の犯罪を指揮する。犯罪ネットワークの中核、暗黒街の犯罪王と彼はなった。スコットランドヤードは何かがいる事は分かっていても、ワースの影も踏めない。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
しかしこの頃からワースを取り巻く状況は悪化した。相棒のブラードはアルコール依存症となり、犯罪者として役立たなくなり、キティに暴力を振るった。
「アメリカに帰りたい……。犬みたいに追い回されて逃げ惑うのはもう嫌だ……」
ブラードはアメリカに帰国し、キティはその後を追う。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ワースはまた一人ぼっちになった。若い頃はそれを喜んだけど、今はもうそんな気持ちになれない。彼は歳をとってしまった。
そんなある日、ワースの没落を決定づける出来事が起こる。捉えられた仲間を助けるため、彼は名画を盗み、それを人質にして身柄を取り返そうとした。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
しかし盗んだ絵を見た時、ワースは驚きの余りに目を見開く。
「天使が……。いや、女神か……」
『デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ』
イギリスを代表する画家、ゲインズバラの傑作だった。孤独な犯罪王ワースは絵に恋をする。 pic.twitter.com/0eVx9wFjMW
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
ワースはどうしても絵を手放したくなくなり、仲間が解放されても絵を手元に置いた。約束は違えないビジネス犯罪者ワースが約束を反故にしたのは初めての事だった。
「手元にあったって仕方ないでしょ! さっさと売ってくださいよ!」
仲間は絵に見惚れるワースに不信を募らせる。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
「うるさい、彼女は俺のものだ!」
ワースは文字通り肌身離さず絵を持ち歩き、不満を言う者はクビにした。ワースの犯罪王国にヒビが入る。結束が乱れた。やがてワースはケチな泥棒のように自ら犯罪に手を染めねばならなくなる。助手の質も低下した。
このままではいけない。しかし絵は手放せない。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
破滅に向かってる事を自覚したワースは絵をアメリカに密輸し、自分より自分のものである絵を守った。
その12年後、ワースはベルギーで現行犯逮捕される。紳士レイモンド氏としての仮面も剥がされた。
偽装結婚していた妻は当然何も知らず、ワースは地位も名誉も何もかも失い、7年の懲役刑に。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
出獄後、ワースはライバルのピンカートンに連絡を取った。
「不思議なものだ。今となっては友達と言えるのはお前しかいないような気がする」
名探偵と犯罪王は和やかに語り合い、ピンカートンはワースの伝説を事細かに記録した。
「最後に頼があるんだ」
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
「デヴォンシャー公爵夫人……。お前が見つけたことにして、返してくれないか? 報奨金も出るだろう。俺に回してくれ。もう、昔のように怪盗ができないんだよ……」
ピンカートンは承諾し、四半世紀も行方不明になっていたデヴォンシャー公爵夫人は再び表舞台に現れた
その一年後、ワースは亡くなる
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
犯罪王にトドメを刺したのは名探偵でも、名刑事でもなく、額縁に納められていた魔性の美女だった。
ピンカートンはワースの子供達の後見人となり、探偵と犯罪王の奇妙なチェイスは終わる。
ピンカートンはホームズに、ワースはモリアーティとなった。
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022
犯罪のナポレオンは、百年経っても色褪せない探偵小説を通じて、今も多くの人達をワクワクさせている。 pic.twitter.com/H43UGImMBr
— エリザ (@elizabeth_munh) November 28, 2022