京都市交響楽団 第583回定期演奏会(指揮:ドミトリー・リス)

比較的早い段階でキャンセルが決まって多少の時間的余裕があったからかどうかわかりませんが、ウラル・フィルの芸術監督・首席指揮者で度々来日もされているドミトリー・リスさんを代役に立てられたのは幸運でしたね。むしろ今回のプログラムでは彼の方が合っていたかもしれません。タバシュニクさんの指揮で聴くなら現代音楽をメインにしたプログラムの方がよかったなぁ思うてましたし。

さて、そのピンチヒッターで来京のリスさんのプレトークはほとんど『ペトルーシュカ』に費やしてました。このバレエ曲に含まれている人形ペトルーシュカの物語の悲しさの部分にもフォーカスを当てたいみたいなことを仰っていましたが、さてさて・・・。

 

京都市交響楽団 第583回定期演奏会
2014年9月27日(土)14時30分開演@京都コンサートホール

◆J.ブラームス 悲劇的序曲 ニ短調 Op.81
◆P.I.チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35
 (ソリスト・アンコール)
 ◇J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番ホ長調 BWV1006〜ブーレ
(休憩)
◆I.ストラヴィンスキー バレエ『ペトルーシュカ』[※1911年版]

指揮:ドミトリー・リス
ヴァイオリン:川久保賜紀
コンサートマスター:泉原隆志

 

なにはともあれ、今日は凄まじい名演だった『ペトルーシュカ』でしょう。これまで何度か実演でこの曲を聴いたことがありますが、こかまでボリューミーかつ彩り眩いサウンドで、かつ物語の方向性と一貫性を持たせた演奏は初めてでした。『ペトルーシュカ』って響きの華やかさに目が行きがちですが、その華やかさの裏にこんなに陰鬱な儚さが隠されていたとは、まさに目からウロコな気分でした。

スコアが1911年版で4管編成でしたからステージにのっている団員もめっちゃ多くて、それだけでもかなり圧倒されましたが、動きの激しいリスさんの指揮に京響もしっかりと応じて彼の意図を汲み取って表現していたのはさすがでしたね。今日の定期はメインの『ペトルーシュカ』だけで充分すぎるほど元が取れました。リスさんにはピンチヒッターでなく改めて正式に定期に招聘してほしいですね。

さて、後半の話ばかりを先にしてしまいましたが、前半はというと、まずブラームスの序曲はまぁ無難といったところ。チャイコンは存在感を全く示せなかったソリストの完全に力負け。指揮者はあのMirareレーベルから庄司さんと組んだショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲ベレゾフスキーとのラフマニノフのピアノ協奏曲を録音してリリースしてるほどなので付けに関しては問題ないはずですし、これはもう川久保さんの責任かな、と。出だしから干からびた貧弱な音だったので、これはアカンと思ってたら次巻の経過とともに睡魔が襲ってきて、おかげで第1楽章最後のカデンツァで弦が切れるというアクシデントを見逃す羽目になりました(苦笑)。近年のチャイコフスキー国際コンクールなんぞアテにならんなぁ〜思うことしきり。なので7年前の優勝者である神尾さんには同じ轍を踏んでほしくないなと願ってます。

 

ところで、ロシアの地方都市エカテリンブルクに本拠を置く無名の一地方オケにすぎなかったウラル・フィルを現状でのような名声を得るまでに引き上げてきたドミトリー・リスさんの手腕は誰しも認めるところですが、7年前に日本人が彼にインタビューした記事がありますので、ここで紹介しておこうと思います。

全責任を負う指揮者の人生は苦労の連続
  ―改革を断行し、ロシアでモデルケースとして注目される

【日経ビジネスオンライン:伊熊よし子 2007年7月10日】

 ロシア作品を得意とし、近年チャイコフスキーやラフマニノフ、ショスタコーヴィチなどの演奏と録音で国際的に高い評価を得ている指揮者、ドミトリー・リス氏が5月に東京国際フォーラム(東京・有楽町)で開催された「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2007」に参加するために来日した。

 マエストロ・リスとともに来日したのはウラル・フィルハーモニー管弦楽団。1934年にスベルドロフスク放送管弦楽団という名称で創立され、1992年に現団体名に改称された長い歴史を誇るオーケストラだ。ロシアのウラル山脈の西に位置するウラル地方の中心都市、エカテリンブルクに本拠を置き、旧ソ連時代は西側に紹介される機会もなく、「幻のオーケストラ」とも言われていた。

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〔※写真:オーケストラの改革について語る指揮者のドミトリー・リス氏(撮影:小川玲子、以下同)〕

資金集めに奔走、楽員の給料をアップ

 「そうなんです。このオーケストラは以前、演奏する場が限られていましたので、なかなか西側の人々に聴いていただけなかった。私が芸術監督に就任したのは1995年ですが、それから徐々に様々な改革をしてきました。今は欧米にも演奏ツアーができるようになり、こうして日本の聴衆の前でも演奏できるようになったわけです」

 リス氏がオーケストラとかかわるようになって最初に行ったのは、レパートリーを広げること、いい楽器を手に入れること、そして楽員の給料を上げることだった。

 「エカテリンブルクの市長をはじめ国際的なビジネスを行っている人や重要なポストに就いている人、音楽に興味を抱いてくれる富裕層などに働きかけ、資金を集めました。短期間で国の予算が50%、個人と民間の予算が50%というオーケストラの基本的な予算構造が出来上がり、全員の給料もロシアのビッグなオーケストラと肩を並べるまでになりました。それから現在まで、私の挑戦は続いています。政治家や役人とも交渉しますし、あらゆるところに出向いてオーケストラの資金集めに奔走しています」

すべての責任は指揮者自身が担うべきである

 すべてはいい演奏を生み出すため、いい音楽を人々に提供するためと明言するリス氏は、モスクワ音楽院で著名な指揮者、ドミトリー・キタエンコ氏に師事しているが、自分の目指す演奏を生み出す多くのすべを彼から学んだという。

 「キタエンコ先生は指揮者に必要なすべてを教えてくれました。テクニックや表現力などはもちろん、指揮者の人生で何が必要か、どんな可能性があるのか、自分は何をすべきかを教えてくれたのです。最も印象に残っているのは、自分の仕事に責任を持つということです。指揮者として100人を超すオーケストラのメンバーの前に立った時、その音楽のすべての責任は指揮者自身が担うということを忘れるな、ということです。成功する時はもちろんうれしいのですが、失敗した時に、オーケストラのせいにしてはいけない、自分が責任を取れとね」

 リス氏は何度も「指揮者の人生は苦労の連続ですよ」と口にした。音楽面だけを考えるだけではなく、オーケストラのすべてにかかわっている彼は、毎日新たな挑戦が目の前に突き付けられるのだそうだ。

 「でも、幸いなことに、ウラル・フィルには素晴らしいディレクターがいるのです。彼はアメリカのシカゴ交響楽団でマネージメントを学び、アメリカの仕事の進め方をロシアで実践に移した。それが私たちのオーケストラです。これはモデルケースとしてロシアの他のオーケストラの手本にもなっています。ロシアは今刻々と変わりつつあります。もう昔のやり方では世界に通用しません。新たな方向を目指さなければ、時代に乗り遅れてしまいます。演奏だけがよければいい、という時代は終わったのです。プロフェッショナルなオーケストラはどうあるべきかが問われる時代なのです。レコーディングを積極的に行うようになったのも、楽員の意識を高めること、集中力を養うこと、指揮者とオーケストラとの信頼感を強くすること、そして経済的な基盤をしっかり確保すること、といろいろなことが含まれているわけです」

 そんなリス氏の指揮は、踊るような激しい動作が特徴で、指揮姿は見ていて飽きない。どこから手が出てくるのか分からないと思うほどフワッと急に手が現われ、それがオーケストラへの指示につながり、両足も一瞬たりともじっとしていない。常に動き、ダンスをしているようで、指揮台から落ちそうになる。

私が踊りながら指揮をしているって?

 今回の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」では、チャイコフスキーの交響曲、ムソルグスキーやボロディンの交響詩からソリストを迎えてのコンチェルトまで様々な作品を演奏、いずれもユニークな“ダンス”を披露した。

 「えっ、私が踊りながら指揮をしているって。そんな、嘘でしょう。まったく気づいていませんでした。いや、まいったなあ。本当ですか。だって足を痛めているんですよ」

 マエストロは、自身の演奏姿はご存知ないらしい。初めて聞いたとばかりに真顔で何度も確かめた。しかし、その流麗な動きがオーケストラから流れるような美しい音楽を導き出すことにつながっているというと、初めて納得した表情になった。

 「実はねえ、私は趣味がスポーツなんですよ。昔からウィンドサーフィン、マウンテンスキー、グライダー、テニス、自転車と何でもやりました。

 音楽も子供の頃から始め、ピアノ、クラリネット、音楽史の勉強を同時に行っていたのですが、クラリネットの先生が指揮者になる夢を抱いていて、私にその夢を託した。『君は指揮者に向いているから指揮の勉強をするべきだ』と。それで指揮に転向したのです。

 16歳の頃は音楽の勉強と同時にバドミントンにも明け暮れていて、コーチに『なんで音楽なんかやっているんだ、バドミントンでオリンピックを目指せ』と言われたくらいです。今でもいろいろなスポーツをしていますが、先日足を骨折して膝にまだビスが入っているんですよ。だから指揮する時にはまさか踊ってなんかいないと思いましたがねえ。演奏が始まると我を忘れて音楽の中に没入してしまうので、足のことなんか忘れてしまうんですね。そうですか、そんなに動いていますか、こりゃ新たな発見だ(笑)」
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〔※写真:趣味はスポーツで、流麗な身振りから美しい音を引き出す〕

自分の思い描いている演奏ななかなか生まれない

 リス氏は、スポーツをしている時だけ普段の仕事の大変さを忘れるという。汗をかき、からだを動かし、また日常へと戻る。

 「様々な仕事に言えることでしょうが、本当に自分の満足いく仕事ができるというのは稀(まれ)だと思います。私も毎回ベストを尽くそうと考えていますが、自分の思い描いている演奏はなかなか生まれません。カラヤンがある多忙な指揮者に質問したという有名な話があります。『君は1年間に何度くらい演奏に満足するかね』とカラヤンは聞きました。その指揮者はじっくり考えてから『10回ほどですね』と答えました。するとカラヤンは『ほう、君は幸せだね、私は1回あればいい方だ』と答えたというのです。この話はいつも私に様々なことを教えてくれます。完璧を求めれば、人は決して自分の仕事に満足できない。かといって安易な妥協はできない。だったらどうすればいいか。私はこの問題と長年闘っているわけです。だから辛い人生になってしまうのですよ(笑)」

 リス氏は最後にひと言聞いた。

 「以前、私とウラル・フィルが初来日した時に演奏を聴いてくれたんだって? その時の演奏と今回とではどう違う?」

 私は正直に、指揮者とオーケストラとのコミュニケーションが強固になり、演奏が深くなったため、作品のよさが浮き彫りになったことを伝えた。マエストロは「そうか、一瞬足の痛さを忘れたよ」と笑った。

ドミトリー・リス氏のプロフィール
 
ウラル・フィルハーモニー管弦楽団 芸術監督兼首席指揮者
1960年ソヴィエト生まれ。モスクワ音楽院でドミトリー・キタエンコに学ぶ。91年クズバス交響楽団の首席指揮者に、ロシアで最も若い指揮者として就任。オムスク交響楽団とも良い関係を続ける。95年エカテリンブルクのウラル・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者に就任。98年にはロシア・ナショナル交響楽団のアソシエート・コンダクターにも就任。
「彼の指揮は、きめ細やかにオーケストラ・メンバーたちを導いていく。大きく高潔な動きは、透明感にあふれ、落ち着いた、内容の充実したフレージングを生み出す。曲が終わりを迎えないことを我々は祈るばかりである。」(ウィニペグ・プレス)