第11回 心味の会・・・テーマは“鬼”?!

『心味(こころみ)の会』
は京都の若手能楽師(結成当時は若かったんです、みんなw)5人で
“能をヨリわかりやすく、おもしろく”
をモットーに結成された会です。
実力派揃いのメンバーは浦田保浩&保親さん兄弟(観世流シテ方)に、茂山正邦さん(大蔵流狂言方)、谷口有辞さん(石井流大鼓方)、曽和尚靖さん(幸流小鼓方)で、1人を除いて皆さんまだ30歳代です。
年1回の公演ですので11年目でしょうか(私は一昨年から拝見)。
毎年テーマを決めてプログラミングされてるようですし、最初に学者さんの解説を置いている配慮がいいですね。
ちなみに、今年は‘鬼’にちなんだ狂言と能を選んだそうで、パンフレットにも裏表にそれぞれ
「魔をもつ者は鬼か、人か。」
「邪(よこしま)なのは鬼か、人か。」
とのキャッチコピー?がありました。
ナカナカ意味深な言葉ですよね・・・。

 

第11回 心味の会
2006年2月12日(日)14時開演@大江能楽堂(押小路通柳馬場東入ル)
(※開演に先立って山崎福之・京都府立大学教授より本日の見どころの解説が30分弱ありました)

◆観世流舞囃子『紅葉狩』
 シテ:浦田保浩 
 笛:杉市和 小鼓:曽和尚靖 大鼓:谷口有辞
 地頭:上田拓司
 地謡:越賀隆之・大江信行・宮本茂樹・大江泰正
◆大蔵流狂言「節分」
 シテ:茂山正邦 
 アド:松本薫
◆観世流能『安達原-黒頭・急進之出』
 前シテ(女)・後シテ(鬼女):浦田保親
 ワキ(祐慶):福王知登 ワキツレ(山伏):喜多雅人
 アイ(従者):茂山正邦
 笛:杉市和 小鼓:曽和尚靖 大鼓:谷口有辞 太鼓:小寺真佐人
 地頭:大槻文蔵
 地謡:上田拓司・浦田保浩・越賀隆之・武富康之・大江信行・深野貴彦・宮本茂樹

 

能楽には関係ないですが、『安達原』のワキ方の1人、福王知登さん。
兄の和幸さんと一緒の舞台しか見たことがなかったので、弟さんだけって珍しいなと勝手に思いました。
元セレッソ大阪・現ロッソ熊本のDF福王忠世(U-17世界選手権に菊地・成岡らと一緒に代表で出てる)選手はこの2人の弟です。
ちゃんと熊本で頑張っているのでしょうか?
ちなみに、兄2人もわりと上背があってガッシリしています。

閑話休題。

狂言「節分」は、節分(立春の前ではなく、どうやら正月の前=今でいう大晦日のことらしいです)の夜に豆を目当てに蓬莱島という所からはるばる日本にやってきた鬼(少しタレ目で情けない顔をした鬼の面でした)、腹減ったなぁ、ご飯食べさせてくれる人探さなアカンなぁ、とウロウロしてようやく見つけた家の明かり。
そこでは女性(人妻?)が1人、用心して留守番してました。
あまりの空腹に無理やり侵入てきた鬼ですが、中にいた女性に一目惚れしたようで、今度は嫌がる相手にかまわずナンパをしかけます。
「宝物をくれたら相手してあげる」
とか言われて喜んで島から持ってきたものをあげたのですが、逆に豆をぶつけられて追い返される、というお話です。
 
この演目に限らず、狂言に登場してくる女性はよく「わわしい」と言いますが、逞しいというか強かというか、大阪のオバチャンそっくりというか(爆)、たいてい男性よりウワテなのばかりです。
何度もラブコールを送って、願いが叶ったと思ったら豆をぶつけられて痛い思いをして、なんてかわいそうで気の毒な鬼、でもどっちもどっちやなw、とにかく面白かったです。
アドは松本さんでもよかったけど、兄弟漫才ということで茂さんのアドも見たかったなぁ、という気もしました。
後見に千五郎さんがいたからそう思っただけでしょうけど(笑)。

狂言が台本化(文字化)されたのは江戸期だが大まかなストーリーは中世・室町期あたりからそれほど変わっていないらしいということを何かで読んだような気がします。
狂言の登場人物はほとんど名も無き庶民か小金持ちとか、どこにでもいそうなタイプばかりですから、「わわしい」女性もそれなりに当時の実情を反映したものなのかもしれませんし、言い換えるなら、江戸・明治・大正・昭和(の前半)のフィルターを通して見るのでは想定できないほど、社会全体の中で家族関係や財産関係において女性の地位がそれなりに高かったことの証左なのかもしれません。
もっともこういうことは私の頓珍漢な話よりも、2年前に亡くなられた歴史家(日本中世史)の網野善彦さんの著作・論文をあたった方がずっとわかりやすいのですけど。
たとえば『日本の歴史をよみなおす』とか『無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和』とか、他にもいろいろありますし。

能『安達原(あだちがはら)』、熊野の那智の阿闍梨・祐慶が同行の山伏と従者を伴って全国を回っている途中、陸奥の安達原(今の福島県二本松市あたり?安達太良山の麓付近)で、貧しい女性の家に宿を借りたいと願い出て、何とか聞き入れてもらいます。
女の人は夜なべに糸繰り車で糸を紡ぎながら苦しい日常を訴えて祐慶に諭され、さらには糸繰り歌を歌いながら、源氏物語の夕顔が出てくるシーンを回想して若い頃を思い出したり、長くつらい人生を嘆いたりします。
それが終わると、今度は
「暖をとるのに山に薪を取りに行くので、絶対寝室を覗かないで下さいね」
と約束させて山に行きます。
さて、そこで好奇心旺盛?な従者さん、どうしても気になって仕方がなく、覗きに行こうとして何度も祐慶に見つかって注意されるのですが、何とか祐慶に隠れて見に行きます。
すると、中は人間の死体だらけ・・・腰を抜かした従者はあわてて戻って祐慶を起こして知らせます。
祐慶もその死体の山を確認し、
「陸奥の安達原の黒塚に鬼が住むという歌があったと聞いていたが、このことか!」
と慌てて逃げていきます。そこへ怒り狂った鬼女(鬼の姿に戻ったさっきの女性)が現れて、祐慶と山伏に襲いかかります。
2人はいろいろと呪文を唱え、法力でなんとか鬼を追い払いました。

『安達原』は初めて見たのですが、客席の照明をすべて落とす(明かりは舞台上のみ)演出でした。
能でこういう趣向を凝らすのも初めてだったのですが、(『安達原』では普段はどうなんでしょう?)夜の場面ですし、とても効果的な演出だったと思います。
女性が糸を紡いでいるあたりまでは結構なスローペースなので、我慢しようとしてもウトウトしかかってたのですが、途中でパッと糸繰り車を(少しだけ)早く動かすところがあって、動作自体なり声の調子なりを大げさに変えたわけでもないのですが、スッと空気が変わったというか、気合に圧されたというか、そこですっかり目が覚めました(苦笑)。
ちょうどその辺りから緊迫感のあるシーンが多く、本性を隠しながら「寝室を覗かないで」と約束させるやりとり、間狂言を挟んで鬼女と祐慶との対決、とても迫力があって見ごたえがありました。
浦田保親さんのシャープな動きとキレの良さを感じる舞はいつ見てもすごいです。
保親さんがお目当てでしたので満足でした。
最初の、パンフレットにあった
「魔をもつ者は鬼か、人か。」
「邪(よこしま)なのは鬼か、人か。」
なのですが・・・
前半にシテが着けていた女性の顔立ちの面は、年齢的には中高年といった顔立ちなのですが、冷たい感じの色白さで、とても薄幸そうな印象でした。後半の面は般若というそうで、角を2本生やして口元も上に引きつって怒っている感じなのですが、目許は泣いているみたいです。
それに、本心から親切心で家に泊めたのかどうか、本当に暖をとってもらう目的で山に薪を取りに行ったのかどうか、従者が寝室を覗かなければ朝まで何事もなく平和に時間が過ぎたのかどうか、最後まで曖昧で、わからないままなのです。
鬼女が追い払われる時も、
「隠れて住んでいたのに、すっかり見られてしまって、なんて恥ずかしい」
といって姿を消すだけですし。
鬼女が人間の女性に化けているという設定ですが、じゃあ100%根っからの悪者ということなのかとなると、(考えれば考えるほど)そうとは言い切れない部分があちこちから出てきます。
自らの(鬼であることの)存在のやりきれなさ、みたいな感情を私は今日のシテからひしひしと感じたのですが・・・。
ピント外れだったらどうしましょう(苦笑)。

 

P.S.大江能楽堂は明治期の建物ですが、外から1枚だけ撮ってきました。
2006_02120001
手前の瓦葺の建物がそうです。
後ろのモダンなビルは4月完成予定の京都市立御池中学校の新校舎です。
中学校だけならあんな大きくなくてもいいのですが、いくつかの福祉関係の施設との複合施設だそうです。
試みがうまくいくといいですが・・・。