『ロザリオのソナタ』、北ボヘミアに生まれたヴァイオリニスト兼作曲家で17世紀後半にはザルツブルクで宮廷楽長も務めたハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバーが作った有名な曲です。
聖母マリアとイエス・キリストの生涯を受胎告知からキリストの受難・復活を経て聖母マリア戴冠までの物語を15の場面に分けた標題付きの音楽で描写し、さらに各々の曲に銅版画が添えられていたものの、作曲目的が不明だったりキリスト教で言う“秘蹟”を音楽で描写していることなどから、別名『ミステリー・ソナタ』とも言われる曲ですね。
異なる調弦のヴァイオリンを用いて演奏するスコルダトゥーラ(変則調弦)という超絶技巧を採用していることなども神秘性に輪をかけているようですが、そうした理論的・史学的な部分に深入りするほどの知識はあいにく持ち合わせていませんで(苦笑)、それでもかねてからずっと気になっていた曲でしたし、時期的にもちょうどいいかなと思ったので採り上げてみることにしました。NMLに2ケタは登録されている中からとりあえずチョイスしてみたのが下記の2枚。
★ビーバー:ロザリオのソナタ/ダニエル・ゼペック(ヴァイオリン)他【Coviello】[Hybrid SACD]
ハインリヒ・ビーバー
『ロザリオのソナタ』
・第1番ニ短調「受胎告知」
・第2番イ長調「訪問」
・第3番ロ短調「降誕」
・第4番ニ短調「キリストの神殿への拝謁」
・第5番イ長調「神殿における12歳のイエス」
・第6番ハ短調「オリーヴの山で苦しみ」
・第7番ヘ長調「鞭打ち」
・第8番変ロ長調「いばらの冠をのせられ」
・第9番イ短調「十字架を背負うイエス」
・第10番ト短調「磔刑」
・第11番ト長調「復活」
・第12番ハ長調「昇天」
・第13番ニ短調「聖霊降臨」
・第14番ニ長調「聖母被昇天」
・第15番ハ長調「聖母マリアの戴冠」
・パッサカリア ト短調
ヴァイオリン:ダニエル・ゼペック
ヴィオラ・ダ・ガンバ:ヒレ・パール
リュート&テオルボ:リー・ サンタナ
チェンバロ&オルガン:ミヒャエル・ベーリンガー
録音時期:2009年10月12-19日
録音場所:ドイツ、コルンラーデ教会
→http://ml.naxos.jp/album/COV21008
Coviello[http://www.covielloclassics.de/]は独ヘッセン州ダルムシュタットを本拠とするレーベルで、ブルックナー通ならマルクス・ボッシュ指揮アーヘン響によるツィクルスの録音でピ〜ンとくる人がいるかもしれませんね。
そのレーベルがドイツ・カンマーフィルハーモニー[http://www.kammerphilharmonie.com/]コンマスのダニエル・ゼペックらを起用してドイツ北部の教会で録音したのがこのディスクです。
ゼペック自身が6ページにもわたるライナーノートをブックレットに寄稿(独語・英訳・仏訳、NML会員ならPDFで読めますので外国語が堪能な方はどうぞ)しているほどに思い入れがあるためか、切れ味の良さを見せながらも持てる技巧と情熱を全て深遠なる美と心の表現に注ぎ込んだ感があります。
彼を支える通奏低音も古楽の名手揃いで、これがネットのストリーミングでなくSACDで聴いたら豊かな響きとともに素晴らしい演奏をさぞかし堪能できるのではないでしょうか。
そしてもう1つは、ビーバー没後300年を記念した、ライヴとしては世界初となる録音という触れ込みもある、アンサンブル・リリアルテ[http://www.lyriarte.de/]による演奏です。
★ビーバー:ロザリオのソナタ/アンサンブル・リリアルテ【Oehms】
ハインリヒ・ビーバー
『ロザリオのソナタ』
・第1番ニ短調「受胎告知」
・第2番イ長調「訪問」
・第3番ロ短調「降誕」
・第4番ニ短調「キリストの神殿への拝謁」
・第5番イ長調「神殿における12歳のイエス」
・第6番ハ短調「オリーヴの山で苦しみ」
・第7番ヘ長調「鞭打ち」
・第8番変ロ長調「いばらの冠をのせられ」
・第9番イ短調「十字架を背負うイエス」
・第10番ト短調「磔刑」
・第11番ト長調「復活」
・第12番ハ長調「昇天」
・第13番ニ短調「聖霊降臨」
・第14番ニ長調「聖母被昇天」
・第15番ハ長調「聖母マリアの戴冠」
・パッサカリア ト短調
合奏:アンサンブル・リリアルテ
ヴァイオリン:ルディガー・ロッター
チェンバロ&オルガン:オルガ・ワッツ
リュート&テオルボ:アクセル・ヴォルフ
録音時期:2004年5月3-4日(ライヴ)
録音場所:ミュンヘン、アレルハイリゲン教会
→http://ml.naxos.jp/album/OC514
HMVの商品ページにはヴァイオリンを担当するルディガー・ロッターの見解として下記の説が紹介されてました。
「これらの曲は、調弦法によって3つの部類に区分けされる。
第1グループ(1G):1,5,6,10,11,15
第2グループ(2G):2,4,7,9,12,14
第3グループ(3G):3,8,13
曲順で追っていくと、1G→2G→3G→2G→1G→2G→3G→2G→1G…と順になっているのがわかる。さらに各グループの曲番号を足すと、全て4の倍数になっている。当時「4」という数字は『科学的数学』『幾何学』『ハーモニー』『天文学』では非常に重要な数字であった。それ以前の宗教的観念から見ると、「3」が重要視されていた。各グループの調弦の度数をトータルしていくと3の倍数に固定されている。それ以外にも天文学的に星座や惑星の動き(惑星和音)とも一致していることも解析されたのだ。宗教的観念と数学科学的観念(ガリレオ、ピタゴラス、プラトン等)を取り入れた結果における、計算された調弦だったのだ。熱心なカトリック教徒であったビーバーであったが、こうした科学的なものを信じてもいた。しかし当時、科学は宗教への反発行為だったため、それは単なる音響効果を生むだけのものではなく、秘密に音符に織り込まれた作品なのだ」
「この曲集の多くはアリアと舞曲形式によって書かれている。もし一般的な宗教音楽であったらならば、こうした形式はとらなかったであろう。『キリストの鞭打ち』と題された7曲目は、ヘ長調のアルマンドで書かれているが、これは悲しみとは対照的な調と形式である。演奏するならば宗教的観念をはずし、基本は当時の舞曲演奏法に則って演奏するべきであるが、そこから発せられた和音と開放弦の音色は『宗教的』であり、かつ当時の最新の科学であり、世俗的なものでもある」
・・・なんか地動説を唱えたガリレオに比せられるような考察ですけど、こうした考えがベースにあるからか全体の印象としても舞曲的な側面を表出させ(宗教音楽から少し)純粋器楽の分野に近づけた感じがします。第12番「昇天」や第14番「聖母被昇天」などは特に顕著で、鋭いリズム感が心地よく耳に響いてきます。