アナキズム文献センター
http://cira-japana.net/pr/
というのがあるのだそうですね。
当センターは、アナキズムの思想・運動に関わる書籍・資料の収集・保管・公開を目的として1970年に設立された文庫です。
とのこと。
『文献センター通信 53号』(2020年6月25日号)を発行しました。巻頭は九州大・小野容照さんによる「在米朝鮮人アナーキストの雑誌『黒風』について」。少しマニアックな内容ですが、戦前の知られざる無名の在米朝鮮人アナーキストの交流に光を当てた貴重な史料紹介です。https://t.co/rGPkkNCxyW pic.twitter.com/ghY19OAcKz
— アナキズム文献センター (@cira_japana) June 29, 2020
米国のアナキズム運動は言語別にまとまっていたという話を聞いていたから、とても興味深く読んだ。英語のネイティブスピーカーでない移民が大きな役割を担っていたので、ゴールドマンが参加していた集会でもスピーカーは英語以外に自分の母語、例えばスペイン語やイタリア語でも演説していたとのこと。 https://t.co/Fso7AX83Sn
— ramonbook (@ramonbookprj) July 26, 2020
20世紀初頭の「スペイン風邪」の時、ニューヨークでは公機関からの感染症の情報が英語だけだったため、イタリア系移民の犠牲者が多かった。後にイタリア語の現地紙に情報を出すようになったことで状況が改善されたという。米国というと英語を思い浮かべるけど、実際は様々な言語の社会が並存していた。
— ramonbook (@ramonbookprj) July 26, 2020
米国のアナキズム運動で規模が大きかったのは、イタリア系移民、スペイン語系移民、ロシア系ユダヤ人(エマ・ゴールドマンやパートナーのアレクサンダー・バークマンはこの集団)。もしロシア語のアナキズム研究を読むことができれば、スペイン語から見るのとは全然ちがう風景が見えてくるのだろう。
— ramonbook (@ramonbookprj) July 26, 2020
ゴールドマンの盟友だったイタリア出身アナキスト、マリア・ロダのパートナーはバルセロナのアカデミア印刷所で修行して印刷工になったペドロ・エステべ。この主要言語をカバーできる三人は、米国を一緒に回ってスピーチしていたそう。マラテスタが米国を訪れた時にはロダ&エステべの家に滞在した。
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スペイン王国の最後の植民地だったキューバは、アナキズムが欧州からラテンアメリカへ伝播する際に中継地の役割を果たした。キューバにおけるアナキズムの担い手はタバコ職人だったため、米西戦争に勝利した米国がスペインからタバコ産業を奪い取ると、タバコ産業とともにアナキストも米国に移動する。
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タバコ工場の中は、工場主も介入できない労働者の自治空間だったそうで、印刷物に情熱を捧げるアナキストは、アナキズム文学やプロパガンダを音読してもらうためにお金を出し合って読み手を雇った。台の上からテキストを読み上げる読み手の声に、労働者は作業しながらじっと耳を傾けていたという。
— ramonbook (@ramonbookprj) July 26, 2020
タバコ工場の中は、工場主も介入できない労働者の自治空間だったそうで、印刷物に情熱を捧げるアナキストは、アナキズム文学やプロパガンダを音読してもらうためにお金を出し合って読み手を雇った。台の上からテキストを読み上げる読み手の声に、労働者は作業しながらじっと耳を傾けていたという。
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米国のアナキズム運動でスペイン語圏の影響力を強化したのが「在米朝鮮人アナーキストの雑誌『黒風』について」でも触れられているメキシコのアナキストの存在。フローレス・マゴンなどメキシコ革命から排除されたアナキストは、国境を越えて米国の労働組合IWW(世界産業労働組合)の闘争に参加した。
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フローレス・マゴン三兄弟は先住民運動とアナキズムを融合させ、サパティズムにつながるメキシコのアナキズムの基礎を作った。彼らを中心とする「マゴニスト」はメキシコ革命の立役者でもあるにもかかわらず、「革命」が国家の歴史の1ページに刻まれ、国家ナショナリズムに取り込まれると排除された。
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スペイン語圏のアナキズムに共通しているのは、19世紀末から女性が存在感を発揮していて、彼女らがフェミニズムの創始者と位置付けられていること。例えば、メキシコのマゴイストには、女性として初めて新聞の編集長となったフアナ・ベレン・グテレス・デ・メンドサがいる。https://t.co/WsuuqpBvgk
— ramonbook (@ramonbookprj) July 26, 2020
スペイン語圏で最初にフェミニズム新聞を発行したのもアナキスト。1896年にアルゼンチンのビルヒニア・ボルテンが「神も雇用主も夫もいらない」を掲げて『女性の声』を作った。この映画では、男の同志から嫌がらせや妨害を受けながらも新聞を発行に奔走する姿が描かれている。 https://t.co/hEsqQpy4CM
— ramonbook (@ramonbookprj) July 26, 2020
スペイン語圏で最初にフェミニズム新聞を発行したのもアナキスト。1896年にアルゼンチンのビルヒニア・ボルテンが「神も雇用主も夫もいらない」を掲げて『女性の声』を作った。この映画では、男の同志から嫌がらせや妨害を受けながらも新聞を発行に奔走する姿が描かれている。 https://t.co/hEsqQpy4CM
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スペイン語圏でアナキズムがフェミニズムと密接な関係にあるのは、バクーニンの影響がとても強いから。バクーニンが帝政ロシアの家父長制を批判して、その打倒を掲げたことから、女性解放の思想が出てきた。1871年の第一インターナショナルで初めて「男女平等」が掲げられる。https://t.co/dTN79B7StV
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バクーニンを支持するアナキストが主張したのは「家父長制に基づく家族」を壊すことであって「家族」という概念自体に反対したわけではない。「家父長制に基づく家族」のみを家族と考える人にはアナキストが「家族を壊そうとする」ように見えるだけの話。結婚についても同じで、別の関係性を模索した。
— ramonbook (@ramonbookprj) July 26, 2020