カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学者、バーバラ・ウォルター教授にワシントン・ポストの記者がインタビューした記事の和訳が3ヶ月遅れでクーリエ・ジャポンに掲載されてましたので、ご紹介を。2021年1月6日にクーデター未遂を引き起こしたトランプと彼の支持者たちによるアメリカ社会の傷跡、その大きさを再認識させられる内容です。
元記事はこちら↓
‘They are preparing for war’: An expert on civil wars discusses where political extremists are taking this country【ワシントン・ポスト:KK Ottesen 2022年3月8日】
最初に触れられているウォルター教授の著書はこちら↓Kindle版だと1,337円、かなりお得です
Barbara F. Walter “How Civil Wars Start: And How to Stop Them”
◆バーバラ・ウォルターが警告「アメリカは21世紀版の内戦に向かっている」
【クーリエ・ジャポン 2022年6月21日】
カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学教授バーバラ・ウォルターは、1月に上梓した『内戦はこうやって始まる』でアメリカが内戦に向かっていると警鐘を鳴らし、国内外で反響を呼んだ。世界各国の内戦を長年研究してきた彼女がそう断言する根拠と、アメリカ人さえ気づいていない危険な兆候を聞いた。
〔カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学教授バーバラ・ウォルター Photo by Sandy Huffaker for The Washington Post〕
──世界中の内戦と、それを引き起こす条件について研究されていますが、著書ではアメリカがそうした条件に危険なほど近づいていると、背筋が凍るような主張をしています。詳しく聞かせていただけますか。
内戦については多くのことがわかっています。どのように始まり、どのくらい続くのか、なぜ解決が難しいのか、どのように終わらせるのかといったことです。
1946年以降、200を超える大規模な武力紛争が発生しているため、そこから多くのことが見えてきたわけです。とりわけこの30年間、私も含めた専門家らは多くのデータを収集して分析し、パターンを見つけてきました。
実は1980年代後半になっても、内戦は1つ1つが固有のものと考えられていました。研究のやり方も、たとえばソマリアの専門家、ユーゴスラビアの専門家、タジキスタンの専門家になるという具合で、誰もが自分の研究事例は固有であって、他との類似性はないと考えていました。
でもその後、研究手法もコンピュータの性能も向上し、私のような人間が加わり、データの収集・分析が可能になりました。そこで見えてきたのが、マクロレベルでは多くのパターンがあるということです。
1994年には、米政府が「政治的不安定性タスクフォース」を立ち上げました。世界中のどの国が不安定化し、崩壊したり、政治的暴力や内戦に陥る恐れがあるのか予測しようとしたのです。
その国の「アノクラシー」数値を見よ
──それは国務省が発足させたのですか?
CIA(米中央情報局)の主導でした。タスクフォースには、学者や紛争専門家、データアナリストが集められました。基本的に政府が求めていたのは、すべての研究において、重要と思われる要素を教えてほしいということでした。内戦に至るまでの経緯を考えるとき、どんな要素を考慮すべきかということです。
当初は貧困や所得格差、宗教や民族の多様性など、30以上の異なる要素を網羅した分析モデルを構築しました。しかし、そのなかで2つの要素だけが幾度となく高い予測性を示したのです。それはタスクフォースでさえ予期していなかったことで、私たちは驚きました。
1つ目の要素は「アノクラシー(anocracy)」と呼ばれる変数です。バージニア州を拠点とする非営利の研究機関「センター・フォー・システミック・ピース」は毎年、世界各国の政府の質に関連するあらゆる事柄を測定しており、その一つがアノクラシーです。
アノクラシーとは、その国がどれくらい独裁的(autocratic)であるか、民主的(democratic)であるかを測る指標で、スケールは「マイナス10」から「プラス10」までの幅があります。
マイナス10は最も独裁的で、北朝鮮やサウジアラビア、バーレーンを思い浮かべてみてください。プラス10は最も民主的で、当然ながら皆が望む社会です。デンマークやスイス、カナダがこれに当てはまるでしょう。
この指標がプラス5からマイナス5の中間領域にある国は、両方の特性を兼ね備えていると言えます。プラス5であれば、民主的な特性が強いけれど、独裁的な要素も多少はある。一方、マイナス5であれば独裁的な特性が強く、民主的な要素は少ない。
さて、アメリカは長年、プラス10を維持していましたが、現在は違う。プラス8です。一時期、プラス5にまで格下げされたこともあります。
学者たちは、このアノクラシーという変数が内戦のリスクを実際に予測するものであることを突き止めました。どういうことかというと、完全な民主主義国家では内戦がほとんど起きない。そして完全な独裁国家でも起きない。社会の不安定化や暴力行為はいずれも、この変数が中間領域にある国で起きているのです。
そうした国が不安定である理由はいろいろですが、大きな理由の1つは、政府が弱体化しやすいことにあります。
たとえば、政府が民主化への移行を図っている国では、独裁的な特性が薄れる。軍が支配を断念すると、反体制的な活動は組織しやすくなる。一方、民主主義が後退している国では、政府に正当性が感じられず、人々が政府に不満を抱き、内戦や権力闘争が起きる。
このように、中間領域の国々にはそれぞれに弱い部分があります。いずれにせよ、この変数は高い確率で内戦を予測できることが判明しました。
2つ目の要素は、この中間領域に位置する「部分的民主主義国家」の人々が、イデオロギーではなく、ほぼアイデンティティーのみに基づいて政治集団化するようになっているかどうかという点です。
つまり、共産主義か否か、リベラル派か保守派かといったイデオロギーではなく、民族や宗教、人種などに基づいて政治集団化するようになっていると、内戦に陥りやすい。その典型的な例が、旧ユーゴスラビアで起きたことですね。
ナチスを生き延びた父がトランプに震えた
──では、あなた個人にとって、点と点がつながり始めて、これはヤバいと思った瞬間はいつだったのでしょう。ちょっと待てよ、このパターンはいまアメリカでも見られるんじゃないか、と。
私の父はドイツ出身です。1932年に生まれ、戦争を経験し、1958年にアメリカに移住してきました。彼はずっと共和党員で、台所にはレーガンのカレンダーがありました。
その父が2016年の初めぐらいから、珍しく動揺していました。めったに動揺しない父が、私が実家に帰るたびに、トランプについて語り、本当に神経質になっていました。まるで過去を追体験しているかのように。
「トランプは勝てないって言ってくれ」と取り乱す父に、私は「父さん、大丈夫。トランプは勝てないよ」と言いました。それでも父は、「お前の言うことは信じられない。俺はこの光景をかつて見たことがある」と。
私はこう言ったのを覚えています。「父さん、今のアメリカと1930年代のドイツとでは違う。私たちの民主主義は揺るぎない。だから、たとえトランプが政権を取ったとしても、民主制度は強く保たれるよ」
結局トランプが勝ち、父はナチスとの共通点を挙げ始め……メディアへの攻撃、教育への攻撃などです。「俺はまたここで同じものを見ているんだ」と、父は恐怖で震えていました。そこで私は初めて、アメリカは違うと思っていた自分の甘さに気づきました。
それから私はデータを追い始め、共和党がやっていることに、さらなる驚きを覚えました。彼らは白人至上主義的な戦略を強化しているのです。民主主義国家では、それは負け戦です。60~70年代にかけてはうまくいっていた戦略ですが、人口動態はもう変わっている。それなのになぜ、その戦略をとっているのか?
私はその答えを見つけて、言葉を失いました。その戦略で勝てる道は、民主制度を弱体化させた場合だけです。つまり、先ほど指摘した内戦のパターンがこの国にも見える。内戦に向かう2つの要因がここにも現れているのに、人々はそれに気づいていないのです。
──2021年1月6日に米連邦議会議事堂が襲撃されたときはどう思いましたか?
周りから「恐ろしいと思わない?」「ひどい事件よね?」と聞かれましたが、私はまったく驚きませんでした。私たち研究者は、このような集団が10年以上前から存在すること、ますます広がりを見せていること、訓練を受けていることを把握していたからです。
彼らは陰に隠れて身を潜めていますが、私たちはその存在を知っています。だから驚きはありませんでした。
事件を受けて最も強く感じたのは、実は安堵感でした。これは贈り物だとさえ思いましたよ。というのも、彼らの存在を世間の目に最もわかりやすい形で明かすことができたからです。
CIAマニュアル「内戦までの3段階」
──1月6日の襲撃には、軍や警察とつながりのある者が少なからず参加していました。その割合を考えると不安になりませんか?
その通りです。CIAには反乱に関するマニュアルがあります。ネット検索すれば見つかるようなものです。米政府が反乱分子をごく初期の段階で見つけられるように書かれたもので、たとえばフィリピンやインドネシアで何かが起きているとしたら、気をつけるべき兆候はどのようなものかといった内容です。
このマニュアルには3つの段階について書かれています。第1段階は反乱の前段階で、ここで特定の不満を抱えた人たちを動員しようとする集団化が見られます。出発点はほとんどの場合、ただ何かをひどく不満に思っているほんの一握りの個人。彼らが不満をはっきりと主張し始め、そしてメンバーを増やそうとします。
第2段階は、初期の紛争段階と呼ばれます。この段階で集団は戦闘部隊を作り始める。通常は民兵組織です。そして武器を手に入れ、訓練を受けるようになる。それから元軍人や現役の軍人、法執行機関からメンバーを募り始める。
また、国軍への入隊を志願するメンバーがいれば、喜んで送り出すでしょう。国軍で訓練を受けさせるためだけでなく、機密情報を入手するためです。
CIAは、諸外国で観察してきたことをこのマニュアルにまとめました。でも読んでいくと、いまアメリカで起きていることとの類似性に驚かされます。
たとえば第2段階では、孤立した攻撃がいくつか起きるようになります。マニュアルによると、この段階で非常に危険なのは、政府も市民も反乱への準備が進んでいることに気づかないことです。
そのため、攻撃が発生しても大抵は個々の事件として片づけられ、点と点はまだ線につながらない。点と点がつながらないからこそ、そうした動きは反乱として世に知られるまで、無視できなくなるまで着々と増大していくのです。
そして、これもまた内戦の危機にある国に見られるプロセスの一部なのですが、反乱を組織する者たちは、従軍経験の元軍人をリクルートし始めます。アメリカは、アフガニスタンやイラク、シリアでの一連の戦争を経て、経験を積んだ帰還兵をたくさん抱えている。リクルートされるのを待っている即戦力の層ができあがっているわけです。
──アメリカで内戦が起きるわけがない、大げさだと言われたり、そんな考えを世に出すことで世間を扇動し、事態を悪化させていると批判してくる人たちには、どう答えるのですか?
黙っていれば何事も起こらずに済むということであればいいのですが、現実には私たちが黙っていれば過激派は組織化と訓練を続けることになる。極右に戦争志向の集団が多数あることは間違いありません。彼らは戦争の準備をしているのです。黙っていたって私たちは安全にはなりません。
私たちが向かっているのは、内戦の一形態である反乱です。それは21世紀版の内戦であり、特に強力な政府と強力な軍隊がある国で見られます。アメリカもこれに当てはまりますよね。
21世紀の内戦では、反乱は分散化される傾向にあり、複数の集団によって戦われる場合が多いです。集団が互いに競い合うことも、協調行動をとることもある。彼らは型破りな戦術を用い、インフラや民間人を標的にします。国内テロやゲリラ戦を展開し、奇襲攻撃や爆撃を仕掛けます。
強力な軍隊がある他の国々では、すでにこのようなことが起きていますよね。アイルランド共和軍(IRA)はイギリス政府と戦った。イスラム原理主義組織ハマスはイスラエル政府と対決している。しかも何十年も戦っています。
これは「指導者なき抵抗」と呼ばれているものです。そしてアメリカのような強力な政府を倒す方法は、極右のバイブルとされる小説『ターナー日記』で紹介されている。これはアメリカ政府との内戦を描いたフィクションで、その戦略が示されています。
そこに書かれていることの一つが、米軍とは絶対に直接交戦するなという忠告です。それよりも軍隊による防衛が困難な国内各地の標的を攻撃し、戦力を分散させるべきだといいます。そうすれば、政府側が反乱分子を特定して、完全に排除するのは難しくなるというわけです。
──その時はいつ訪れるのですか?
いつ起こるかはわかりません。最初に話した2つの要素を持つ国は、内戦のリスクが年間4%弱です。確立としては低いように見えますが、そうではありません。この2つの要因が毎年続くと、リスクが高まるということです。
たとえるなら喫煙です。今日、私がタバコを吸い始めたとして、肺がんで死ぬリスクは非常に小さい。でも私がその習慣を変えずに、10年、20年、30年と喫煙を続けた場合、リスクは非常に高くなるでしょう。
ですから楽観的な見方をすれば、警告のサインが見えた時点で、民主主義を強化し、共和党が態度を改めれば、内戦のリスクはなくなるわけです。
それはわかっているし、そのための時間もある。ただし、その変化の必要性を感じるためには、まず警告のサインが出ていることを認識しなければなりません。