常態化する半導体不足、その傾向と対策

社会学者で東大教授の吉見俊哉が「平成時代の日本経済には3つのクラッシュ(崩壊)があった」として、

 3つ目は「家電の崩壊」です。かつて、日米貿易摩擦の主要因の1つとなり、日本の技術力の象徴でもあった日本の電機産業は、平成末までに見る影もないほど衰退していきました。この衰退は、1990年代の半導体グローバル競争で、日本企業がアメリカと韓国、台湾の企業に次々と敗れていったあたりを起点と考えることができます。今では、想像すらできませんが、90年に世界の半導体メーカーの売り上げで上位10社のうち6社は日本企業でした。

と述べていたインタビュー記事があって、彼は日米半導体協定でアメリカが本気で日本を潰そうとした結果だと言っているのだけど、1980年代後半の日米半導体協定は後から起こる日本の半導体産業の長期的凋落のキッカケに過ぎなくて、実情は進歩の速さに先読みできなかったり専門人材を軽視したりする親方日の丸的企業体質が改善されなかったことが全てでしょう。ファブレス・ファウンドリの水平分業化にも対応できてないし。

「半導体は産業のコメ」と例えながらも、その育成を全く大切にしなかったツケが半導体不足として大きく跳ね返ってきたのが2020年頃からの惨状。
食べる方のコメに関しても長いこと蔑ろにしてきてるから食料自給ヤバいよねってのは政治・行政がもっと真剣にならなアカンけど、まぁそれは半導体不足とは別枠の話。

 

半導体不足は常態化?その傾向と対策【前編】半導体不足で11兆円の機会損失――起こるべくして起こった構造的要因を紐解く【日経BP一歩先への道しるべ:伊藤元昭 2021年9月27日】

 2021年初頭から話題になり始めた半導体不足がいまだ深刻だ。最も影響を受けているのが自動車業界。ある調査によれば、自動車業界全体の売り上げへの影響は世界全体で11兆円にも上るとされる。その影響は自動車だけでなく、ほかの電子機器にも広く及んでいる。なぜ自動車向けが発端となり、それがどのように他業界にも波及することになったのか。半導体不足を招いた3つの主要な原因と、今回の問題を大きくした半導体業界における2つの潮流を解説する。


 すぐにもクルマが欲しいのに納車まで数カ月、車種によっては1年以上も待たなくてはならない。最新のゲーム機も手に入らず、家電の発売予定のずれ込みや値上がりが顕著。ビジネス向けの話題では自動車の生産台数の下方修正、工場の一時操業休止、部品在庫の積み増し――。最近注目を集めるこれらの話題は、いずれも「半導体不足」が原因だ。

 そのインパクトは、企業であれば事業の売り上げや利益に直結。そして国単位ではGDP(国内総生産)にも影響するため、企業や業界にとどまらず国を挙げて取り組むテーマにもなっている。この状況はいつまで続くのか、どのように改善していくのか。そして個々の企業はどのように対処すべきか。それを考える前に、まずは今回の半導体不足の経緯をおさらいしよう。

〔図1 あらゆる産業の戦略物資となった半導体〕

自動車で顕在化、米国から世界に広がる

 半導体不足は、まず自動車に搭載されるチップから顕在化した。現在の自動車には1台当たり50個~100個のマイコンが搭載され、「走る」「曲がる」「止まる」といった基本機能を実現し安全性や快適性を高めるために使われている。今の自動車は、精密に制御して動く「走るコンピューター」なのである(図2)。この車載マイコンが2020年暮れころから徐々に不足し、2021年に入ると米国に生産拠点を置く自動車メーカーなどが生産調整を余儀なくされた。


〔図2 車載マイコンと主な用途 (左)車載マイコン例「RENESAS R-CAR V3U」、(右)車載マイコンの主な用途
出所:(左)ルネサス エレクトロニクス、(右)日産自動車〕

 まず4月には、米ゼネラルモーターズが8カ所の工場を一時閉鎖状態にした。そこで自動車メーカーの9割以上が加盟する米国自動車イノベーション協会が、米国政府に対して車載半導体の安定供給のための支援を求める意見書を提出するに至った。ところが政府も即効性のある対策は打てず、7月になっても米フォード・モーターが北米の8工場で生産台数の削減幅を拡大させるなど影響はさらに広がった。自動運転などで半導体を多用する米テスラCEOのイーロン・マスク氏も「私たちはフルスピードで自動車を生産しているが、世界的な半導体不足の状況は依然としてかなり深刻だ」と懸念のコメントを発するまでになっている。

 半導体不足に陥る企業・工場は米国から世界中に拡大した。日本の自動車メーカーも例外ではない。トヨタ自動車は当初「国内での半導体不足の影響は軽微」と語っていた。しかし、6月以降現在に至るまで、日本各地の工場を度々操業停止するようになった。ドイツや中国の自動車メーカーも同様の状況だ。その結果、新車の納期は軒並み大幅に遅延している。調査会社サスケハナ・ファイナンシャル・グループの予測では、世界の自動車業界は半導体不足によって1000億米ドル(約11兆円)超の売り上げを失うとみている。

チップの価格は上昇、納期は遅延、粗悪品や偽物も

 品不足は価格上昇を招く。需要に生産が追い付いていないチップでは、通常価格の10倍以上で取り引きされているものもある。さらに、発注から納品までに要する時間は2021年7月に20.2週間となり、前月に比べて約8日間延びた。車載マイコンについては26.5週間と、通常の6~9週間から大幅に遅れている。

 通常、自動車メーカーや電子機器メーカーは、半導体メーカーと直接取り引きして部品を仕入れる。しかし、モノ不足や納期の問題などが生じた場合には、代理店などを通じた一般市場から調達するようになる。実際、半導体不足が顕在化してからは半導体の通販商社の受注が増えている。

 代理店を挟むなどして流通過程が複雑化したことで、偽物や粗悪品が市場に出回り始めるようになった。廃棄された電子機器から回収した中古半導体を外観だけ変えたもの、大手メーカーのロゴを勝手に書き込んだ偽物も数多く出ている。こうした粗悪品や偽物をつかむ例は、検品体制がしっかりしている自動車向けよりも一般電子機器向けの方が多いようだ。

自動車業界から他業界にも波及

 半導体不足の影響は、自動車業界以外の様々な業界に波及している(図3)。自動車と同様、スマートフォンやテレビ受像機、ゲーム機、白物家電、さらには工場で使う製造装置や医療機器まで、あらゆる電子機器や装置・設備の生産、さらにはこれらを用いたサービスの提供にまで影響が及んでいる。


〔図3 半導体はあらゆる機器やサービスを生み出す起点
出所:経済産業省「半導体戦略(概略)」〕

 韓国サムスン電子は、2021年後半の同社製スマートフォンの出荷台数が前年比で20%減少するとみている。また、米グーグルは自社ブランドのスマートフォン「Pixel 5a 5G」を発表したが、2021年の発売地域を米国と日本に限定することにした。中国の小米(シャオミ)も、4月に発表した新機種の発売を7月まで延期。いずれも理由は半導体不足である。サムスンに至っては、自社が世界有数の半導体メーカーでありながら半導体不足の波に飲まれた。自社半導体だけでは製品を作れないからなのだが、半導体不足への対策がいかに困難な状況なのかが分かる。

 通信インフラの整備計画の遂行を危ぶむ声も聞かれるようになった。携帯電話事業自体に新規参入した楽天モバイルは、2021年夏までに4G(第4世代移動通信システム)対応の人口カバー率96%の実現を目標としていたが、基地局で利用する半導体が足りずに整備が遅れたとした。

 さらに今回の半導体不足は、半導体を作るために必要な製造装置の生産にまで影響を及ぼし始めた。半導体製造装置大手のディスコは半導体不足に対応し、使用する半導体の種類を9割減らしてリスク軽減に取り組んでいる。半導体増産に欠かせない装置も生産できないという、絵に書いたような悪循環だ。

半導体搭載機器を作らない企業も安心できない

 半導体を搭載する電子機器を作る企業でなければ、半導体不足とは無縁。そう高をくくっていると、足をすくわれることになるかもしれない。

 インターネット上で提供する多様なサービスは、利用の拡大に応じてデータセンターで使うサーバーを増強する必要がある。このため、サーバーなどに搭載する半導体の供給状況によっては、今後のサービスの整備スケジュールに影響を及ぼすかもしれない。また、企業や政府・自治体が推し進める業務のデジタル化の取り組みにも影響を及ぼす可能性がある。

 好業績の意外な企業にも影響は及んでいる。例えば、コンデンサーやスイッチ、コネクターなど電子部品メーカー。彼らの業績は、テレワークの拡大などによる電子部品需要の高まりでほとんどが増収増益である。そのなかで半導体不足が顕在化している自動車業界向け製品については先行きに慎重な姿勢を見せている。電子部品を搭載する応用製品の減産があるからだ。日本電産は家電向け部品などが伸びた一方で、自動車向けは減少。「自動車の需要は旺盛だが、半導体などの材料不足で自動車メーカーの生産が落ちた」(関潤社長)。村田製作所も2022年3月期の通期業績予想を上方修正したにもかかわらず、自動車部品の需要予測は当初から引き下げた。同社は「半導体不足による自動車の減産は比較的長期化するのではないか」(村田恒夫会長)とみる。これらの企業は、同様の現象が他の市場にも波及しないか警戒している。

要因となった3つの想定外と拡大した2つの潮流

 半導体不足の状況は少なくとも2022年まで続くことが確実視されている。車載半導体大手のルネサス エレクトロニクス 社長の柴田英利氏は「2022年第1四半期も現在の状況は続く」と語っている。半導体受託製造(いわゆるファウンドリー)の世界最大手である台湾のTSMCは、2021年4月の決算会見で「世界的な半導体不足が年内は続く」という見通しと、問題が解消するのは「2023年ごろになるだろう」という見解を示した。この見通しが確実かと言えばそうではない。現在の半導体不足が様々な要因が複雑に絡み合って起こり、将来予測が極めて困難だからだ。

 今回の半導体不足の顕在化と影響拡大の原因を整理すると、2020年から2021年にかけて生じた「3つの想定外」がきっかけとなった。そして技術の進化と業界構造の変化による「2つの潮流」によって深刻化した。ここでは半導体不足を生んだ要因を紐解きながら、それぞれを解決するための方策の指針を挙げたい。

 まずは3つの想定外の事態について解説する(図4)。

〔図4 半導体不足を引き起こした3つの不測の事態〕

 1番目の想定外の事態とは、コロナ禍に際して自動車業界の見通しが外れたことである。コロナ禍により世界各地で次々と都市封鎖された2020年前半、国際通貨基金(IMF)は世界中のほとんどの国や地域での2020年の国内総生産(GDP)はマイナス成長となると予測。それに伴い「世界の自動車の需要も大幅に落ち込むことが確実」という見通しが広がった。2020年には、世界で約2000万台分の新車需要が消失すると予想したシンクタンクもあった。こうした見通しに基づき各自動車メーカーは生産計画を下方修正し、半導体など部品・材料の調達計画も見直した。

 ところが予想は外れた。最初にコロナの影響を受けた中国市場が想定外のスピードで回復。さらに自動車は「三密防止に有効なプライベートな空間」とみなされ需要が落ちなかった。自動車メーカー各社は増産に舵を切り、一度リリースした半導体の再調達に走ったのだが後の祭りだった。リリースした半導体を製造するための生産能力が、テレワークの拡大や巣ごもり需要の高まりに対応するためのIT機器やデジタル家電機器向けに振り向けられた後だったからだ(図5)。

〔図5 アプリケーション別の半導体市場の推移
出所:経済産業省「半導体戦略(概略)」、Omdiaのデータを基に経済産業省が作成〕

 2番目の想定外の事態は度重なる半導体工場の操業停止である。2021年入り、半導体メーカー各社の工場が災害や火災などによって操業停止に追い込まれた。2月には、多くの半導体工場やそこに原料を供給する化学プラントが集中する米国テキサス州を大寒波が襲い、サムスンや車載半導体のシェアが高いオランダのNXPセミコンダクターズ、ドイツのインフィニオン・テクノロジーズなどの工場が操業停止した。3月にはルネサスの那珂工場で火災が発生。それより以前、2020年10月には旭化成マイクロシステムの延岡工場でも火災が発生し、復旧が遅れていた。また、台湾では2020年から降水量の低下による過去数十年間で最悪の水不足に陥った。半導体の生産には潤沢な水が必要になるのだが、TSMCなどにも厳しい給水制限が行われた。

 3番目の想定外の事態は米中ハイテク覇権争い。2019年以降、国際政治の動向が半導体産業に大きな影響を及ぼすようになった。米国商務省は、米国にとって貿易を行うには好ましくないと判断した国外の個人・団体などを制裁対象リスト(エンティティリスト)に登録。登録された企業に対して米国製品を輸出するには、米国政府の許可が必要となる。既に華為技術(ファーウェイ)や中国最大の半導体ファウンドリーである中芯国際集成電路製造(SMIC)なども登録されている。

 半導体の製造ラインには、米国製の半導体製造装置がたくさん使われている。チップの設計にも米国製の設計ツールが多用される。輸出規制により従来のサプライチェーンが機能しなくなるため、代替となるサプライチェーンが構築されるまでは中国系の半導体メーカーからの調達が不能になる。SMICがエンティティリストに登録された際には、同社の顧客から台湾のファウンドリーに注文が殺到した。これが半導体不足の深刻化を助長した。

回避には2つの潮流への対策が不可欠

 次に半導体不足が拡大し深刻化した要因となった2つの潮流について解説する。

 1番目の潮流は、あらゆる産業・業種でのデジタル・トランスフォーメーション(DX)や自動車業界でのCASE(コネクテッド、自動化、シェア&サービス、電動化)の進展である。先述したように、DXやCASEは、基本的に高度な半導体を湯水のごとく消費することを前提に成立する。こうしたトレンドに沿ったビジネスを推し進めるには、半導体を確実に入手できる生産体制の構築が欠かせない。

 2番目の潮流は、水平分業化した半導体業界の構造である。20世紀の半導体メーカーは、生産するチップの品種を問わず自社で設計し生産していた。ところが、21世紀に入って、米インテルのCPUやメモリー、アナログIC、パワーデバイスなど一部を除いた大部分のロジック系チップ(演算処理を目的とした半導体)では、設計と製造を水平分業するようになった。

 水平分業型の半導体産業の構造では、米エヌビディアや米AMD、米クアルコムなど生産設備を持たないファブレス半導体メーカーや、米アップルやグーグル、テスラなど独自チップを開発するIT企業や自動車メーカーなどがチップを設計する。一方、メーカーが設計したチップの製造を受託するファウンドリーは限られた数しか存在しない(図6)。なかでも先端チップの製造は、専らTSMC1社が請け負っている。

〔図6 世界のロジック系半導体チップのファウンドリー企業のシェア
出所:経済産業省「半導体戦略(概略)」、Omdiaのデータを基に経済産業省が作成〕

 こうした水平分業型の業界構造が、半導体不足の影響を幅広い業界に拡大させた。限られた製造ラインに対して、多くの企業による奪い合いが起こったのだ。製造委託先が限定されるため、想定していた委託先が手一杯になったからといって別の委託先に変更するというわけにはいかない。

 これら2つの潮流は、半導体サプライチェーンの需給バランスを適性化するうえでの長期的な課題である。何らかの対応策を考えないと、同様の深刻な半導体不足が再び起こる可能性がある。場合によっては、逆に半導体の供給過多の要因となり、半導体業界に深刻なダメージを与える要因にもなりかねない厄介な問題だ。

 

 

半導体不足は常態化?その傾向と対策【後編】技術進化から読む「次のリスク」――対応は供給側だけでなく需要側にも【日経BP一歩先への道しるべ:伊藤元昭 2021年9月27日】

 半導体不足の状況は、これから改善されるのか悪化するのか。今後の影響を考えるうえでのポイントは、半導体の種類によって製造技術や生産者が異なるため、調達リスクが大きく違うことだ。そして注目のポイントはITの進化である。サーバーやストレージなどIT機器において自社保有(オンプレミス)の調達が難しい状況があれば、パブリッククラウドへの集約が有効な選択肢となる。その一方で、クラウドで使われるIT機器向け半導体の需要を押し上げ「新たな危機」を生み出す可能性がある。

〔図1 半導体の種類ごとに「不足」の状況は異なる〕

 2021年初めから様々な産業に甚大な影響を及ぼしている半導体不足だが、一言で半導体と言っても様々な種類がある(図1)。パソコンに搭載しているCPUやGPU、メモリーもあれば、5G(第5世代移動通信システム)などの通信処理チップ、画像や音声の信号などを扱うアナログチップ、センサー、電源用のパワーデバイスなどは、それぞれ内部構造も製造方法も異なる。ひっ迫状況を正しく把握するため、半導体をいくつかに分類し、それぞれ現在の状況を整理してみよう(図2)。

最も混乱するのが「コモディティ・ロジック」

  まずは、最新のCPUやGPU、さらにはスマートフォンやゲーム機などに搭載するSoC(複数機能を搭載したチップ)。これらのチップを作る企業には、米インテルのようにほぼ自社設計のチップだけを作っているところと、台湾TSMCのように顧客設計のチップを受託製造しているところの2種類がある。それぞれで需給バランスは異なる。

 前者に関しては、需要増に応じて供給がタイトになるケースはあるものの半導体メーカーが需給バランスを管理できる。これに対して後者は、調達不安に駆られた顧客が調達量をそれぞれ増やし需給バランスを混乱させる場合がある。現在の半導体不足の状況はまさにそのような状況だ。

〔図2 半導体の種類別の市場概況
出所:経済産業省「半導体戦略(概略)」、Omdiaのデータを基に経済産業省が作成〕

  次は、先端製造技術を使って製造するメモリー。メモリーメーカーは自社設計のチップを生産しているため、状況はインテルのCPUとほぼ同じ状況であり、基本的には応用機器の需要に応じて生産調整できる。さらにメモリーは仕様の標準化が進んでいるため別の調達先を確保しやすい。価格の上昇はあったとしても深刻な調達難に陥ることはない。

 続いて車載用や産業用のマイコン、インタフェースチップなど「コモディティ・ロジック」と呼ばれるチップ。同じロジック系チップ(演算処理を目的とした半導体)ではあるが、CPUなどを製造する工場とは別の工場で作られている。この分野のチップは中国企業による生産量が多く、米中ハイテク争いによる禁輸措置の影響も受けているためサプライチェーンが最も混乱している。しかも工場の増強計画が少なく、混乱の長期化が心配される。

 そしてアナログICやセンサー、パワーデバイス。近年これらのチップを受託製造するファウンドリーも登場しているが、一般的には自社開発したチップを自社製造している半導体メーカーが中心である。このため現時点で深刻な調達難の状態にはない。ただし、脱炭素化に向けた電力利用の効率化や工場や医療、農業などのデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けたIoTデバイス需要の増大などによって、慢性的な需要過多の状態にある。しかもロジック系ほど積極的な増産計画がないため、長期的にみて供給不足が心配される分野である。

先端ロジックとパワーの需要が今後急増

  品種別の需給バランスの行方を読む際に忘れてはならないことがある。電子機器やITシステムの技術革新によって、求められるチップの種類がガラリと変わることだ。例えば、過去のテレビ受像機にはアナログ半導体がたくさん搭載されていたが、放送方式や受像機内部の処理回路がデジタル化された今では、先端製造技術で作るSoCやメモリーが数多く搭載されるようになった。

 そして今、情報処理技術や自動車の内部構造の領域で同様の技術革新が進行しており、求められる半導体の種類が大きく変わりつつある。

 まずDXが広がり、膨大なデジタルデータを扱う人工知能(AI)系の情報処理技術の応用分野が多様化している。一般に、処理手順を指定したシステムよりもAI系システムの方が、パワフルなCPUやGPU、多くのメモリーが必要になる。AI系の処理の利用が広がることで、データセンターのサーバー向けの先端製造で作るチップは、過去の需要増大のペースをはるかに超えて増大していくだろう。しかも情報処理用のチップを巨大IT企業が独自開発して、TSMCなどに製造委託する例が増えている。製造の委託先が一部のファウンドリーに集中し、この分野のチップの不足状況を助長する可能性が高い。

 自動車の分野では、CASE(コネクテッド、自動化、シェア&サービス、電動化)トレンドに沿った技術変革が起こっている。単に半導体需要が増大するだけでなく、求められる半導体の種類も変わってきている。

 これまでは1台当たり50個~100個のマイコンが搭載され様々な機能を分散処理していた。これらは、比較的枯れた製造技術で作るコモディティ・チップである。2025年ころからは高性能車載コンピューターで集中処理する「ゾーンアーキテクチャー」と呼ばれる内部構造を採用したクルマが、徐々に市場投入される(図3)。この車載コンピューターには自動車メーカーや直接取引業者(ティア1)が独自開発したSoCや米エヌビディアなどのGPU、さらには大容量メモリーが搭載される。つまり、ここも先端製造技術に強いTSMCなどが作る可能性が高い。

〔図3 これまで分散処理していた機能を、高性能な中央コンピューターで集中処理する「ゾーンアーキテクチャー」〕

 さらに、自動車の動力源をエンジンからモーターに変える電動化が積極的に進められる。これまでエンジン車で排熱や油圧で駆動していた機構もすべて電力で動かすようになる。このため車載パワーデバイスの需要が急増する。パワーデバイスは、カーボンニュートラルの実現に向けて、工場で使う製造装置や工作機のモーター駆動やエアコンや冷蔵庫のコンプレッサーなど制御をより緻密にする用途でも需要が拡大する。今後供給不足が起こる可能性が高いので注意が必要だ。

半導体はすぐに調達量を増やせない

 半導体を使って機器やシステムを作る企業からすれば半導体不足は心配の種だが、半導体メーカー側から見れば応えきれないほどの注文が殺到している状況であり、将来の成長が間違いのない有望ビジネスと言える。「大儲けできるのだから、大増産すればよいのではないか」と思う人も多いことだろう。しかし、半導体をすぐに増産することは一般的には簡単ではない。

 まず半導体を作るのには意外と長い時間がかかる。チップの種類にもよるが完成までに通常約3カ月かかる。現在は「半年前には注文を確定していただかないと、納められない状況」(ルネサス エレクトロニクスで代表取締役社長兼CEOを務める柴田英利氏)という声もある。

 しかも投資額は巨大だ。いかに需要増が確実視されていたとしても、半導体メーカーは簡単に設備増強できない。スマートフォンやサーバー向けなどのチップを製造する先端の半導体製造ラインの場合、1本構築するのに約1兆円もの資金が必要になる。実際には1社で何本かの製造ラインを構築することになるので、数兆円が必要だ。ちなみに、自動車工場を作るための投資額は1000億~2000億円。まさにケタ違いである。

 不足するチップは必ずしも最先端技術で作るものばかりではない。最先端ラインを建設するのに比べれば、比較的安価で生産能力を増強できる可能性があるものの投資効率が低いため、半導体メーカーは投資に積極的ではない。

国対抗のパワーゲームが始まる

 こうした膠着状態を危惧した各国政府は半導体不足の常態化を阻止するため積極的に動き始めた(図4)。半導体不足の長期化と定常化は国力の毀損につながるからだ。

〔図4 半導体生産の増強に向けた各国政府の産業政策 出所:経済産業省「半導体戦略(概略)」〕

  米国のバイデン大統領は、米国内の半導体メーカーなどのCEO(最高経営責任者)をホワイトハウスに21人招集して半導体サミットを開催。そこで、助成金や税控除など優遇措置による国内生産支援の要請を受け、半導体サプライチェーンの調査を指示する大統領令に署名し、半導体不足に対処するための「積極的な措置」を講じることを約束した。具体的には最大3000億円の補助金や「多国間半導体セキュリティ基金」の設置などを含む国防授権法を可決した。さらに「Chips for America法」と呼ぶ500億米ドル(約5兆5000億円)の半導体産業投資を含む法案を推進し、半導体メーカー各社の設備投資を促した。

 欧州では、欧州委員会の委員が2021年4月、TSMCとインテルに対して「世界半導体市場における欧州のシェア20%を目標に半導体生産を増やす」という欧州連合(EU)の戦略を説明、工場の建設などに向けた協力を要請した。今後2~3年で最大17億5000億円の投資を実施する見込みである。

日本政府は、本気の半導体再興政策を策定

 日本でも、自由民主党が「半導体戦略推進議員連盟」を設けた。会長に甘利明政調会長、安倍晋三前首相と麻生太郎副総理兼財務相が最高顧問として就任する重厚な布陣で、政府に対して具体的施策の推進を働きかける。

 経済産業省は2021年6月、産業基盤となる半導体産業の再興に国家事業として取り組むことを明記した「半導体・デジタル産業戦略」を策定した。同戦略では、デジタル化を支える3つの基盤を国内で強化・育成することが必要不可欠であることを強調している。3つの基盤とは「デジタル産業」と「デジタルインフラ」、そして「半導体」である。半導体を強化するための戦略としては「先端半導体製造技術の共同開発とファウンドリーの国内立地」「デジタル投資の加速と先端ロジック半導体の設計強化」「グリーンイノベーション促進」「国内半導体産業のポートフォリオとレジリエンス強靱化」を打ち出している。

 今回、日本政府が打ち出した半導体関連の政策で注目できる点は、半導体を安全保障に直結するテーマと位置付け、国内での開発・製造の支援に「国家事業として取り組む」と明記した点だ。政府の施策も含めて過去の失敗を振り返ったうえで「この機会を“ラストチャンス”だと考え、日本の半導体産業の競争力強化に取り組んでいく」と背水の陣であることを強調している。

史上空前の設備投資計画、続々と明らかに

 こうした各国政府の動きを受ける形で世界の半導体メーカーは巨額の設備投資を次々と発表している。
 
 インテルは、米国アリゾナ州に、200億米ドル(約2兆1700億円)を投じて、半導体の新工場を建設すると発表した。また、ニューメキシコ州の工場に35億米ドル(約3825億円)追加投資し、増産体制を整える。同社の工場では、他社設計のチップを受託製造するファウンドリー事業にも参入することも明らかにしている。今後同社は、TSMCなどとの製造技術の標準化を推し進め、各社の製造ラインの余力に応じて顧客が委託先を変更できる状況を作り出す可能性が出てきている。
 
 一方、TSMCは3年間で総額1000億米ドル(11兆円)の投資を予定することを明らかにしている。同社としては初めての米国工場をアリゾナ州に建設し2024年に稼働させる。さらに28億8700万米ドル(3100億円)を投じて、中国南京市に車載半導体用の既存工場に新ラインを設置する作業も進めている。同社については、米国内でのさらなる工場、欧州での新工場、さらには日本での新工場建設も未確定情報として浮上している。
 
 韓国サムスン電子も、米国テキサス州内にある工場とは別に、170億米ドル(1兆8700億円)規模の投資による新工場の建設を計画している。また同社は、韓国ソウル市近郊に2兆円以上を投資して新工場を建設、メモリー以外のSoC分野に2030年までに171兆ウォン(約16兆5000億円)を投資することも明らかにしている。

 ただし残念なことに日本に関しては、経済産業省によるTSMCの工場誘致など海外企業を引き込む動きはあるものの企業の動きが鈍い。それどころか、半導体不足の状況下で半導体部門の工場の売却や閉鎖、人員のリストラを実施している企業さえある。

サプライチェーンを「見える化」するツールも

  上記のような工場新設などを踏まえると、現在の半導体不足の状況が今後想定される需要増に応えながら抜本的に解消するまでには、2~3年を要する可能性が高い。ただし、あらゆる種類の半導体が等しく不足状況にあるわけではなく、インテルなどのCPUやメモリー、アナログICなど自社製半導体を自社生産している企業のチップを中心に、短期的にも不足状況が解消する可能性はある。それでも供給不安を常に抱えることは確かであり、半導体を活用して機器やシステムを生産している企業は何らかの対策を取る必要がある。そこで、ここからは半導体の使い手が採るべき対策を挙げたい。

 まず、サプライチェーンでの半導体の需給状況をリアルタイムで可視化し、不足状況を早期検知して、セカンドソースの手配など迅速な対策を講じることができるようにしておくことが重要だ(図5)。近年、こうした目的に合うサプライチェーン・マネージメント(SCM)ソリューションを提供するIT企業が複数出てきた。

 例えば富士通や、パナソニックが買収して話題を呼んだ米ブルーヨンダーなどは、近い将来の半導体の動きをAIなどで予測できるようなシステムを提供している。将来的には、半導体不足を引き起こしたような不測の事態が起きた際に、自動的に調達先を変更・調整できるような機能を備えたシステムの開発も進められている。


〔図5 適切な半導体調達は、まずサプライチェーンの見える化から〕

 また、必要なタイミングで必要な量の部材を調達する「ジャスト・イン・タイム」への過度の追求を改めて、適度の在庫を保有することも重要だ。半導体不足が一時的に解消したとしても、多様な業界の多くの半導体ユーザーがチップを奪い合う状況は変わりない。ジャスト・イン・タイムで成功を収めたトヨタであっても、一定量の半導体の在庫を保有する方向に転換している。実際、それが功を奏して、半導体不足が顕在化した初期には大きな影響を受けず、じっくりと対策をとる余裕が生まれた。

平時の取引関係が問われる

 さらに、不足状態ではない平時に半導体メーカーにとって「良い顧客」になることも大切だ。

 日本の自動車業界において半導体メーカーの地位は高くなく、低コスト化や短納期化の厳しい圧力にさらされ続けていた(図6)。一方、半導体メーカーから見ると全体の出荷額に占める自動車業界向けの割合は決して高くはない。業界を超えてチップを奪い合うような状況になれば、供給の優先順位は低くなる。


〔図6 車載半導体のサプライチェーン
出所:経済産業省「半導体戦略(概略)」、Omdiaのデータを基に経済産業省が作成〕

 CASEトレンドに沿ってクルマを進化させるため、自動車業界はこれまでよりも円滑・確実に半導体を調達できるようにする必要性に迫られている。ドイツの自動車業界は、新型車を開発する初期段階から、自動車メーカーと直接取引業者(ティア1)、そして半導体メーカーが対等な関係で情報を共有して新技術を開発、市場投入する体制を整えている。実際、今回の半導体不足では他国に比べて影響は軽微だった。他業界でも米アップルはTSMCに製造委託しているスマートフォンやパソコンに搭載する自社開発チップの調達についてほとんど不安を抱えていない。これは平時からTSMCにとって良い顧客であった成果である。

クラウドを活用して半導体をシェア

 それでは、半導体を搭載した機器やシステムを利用してサービスを提供している企業は、どのような対策をとればよいのか。

 こうした時こそ、クラウドの活用を推し進めたらどうだろうか。高い処理能力を持つ機器などをユーザーそれぞれが保有すれば半導体不足が加速するが、多くのユーザーがクラウド上のサーバーをシェアして有効利用すれば半導体不足の影響は軽減する。実際、ストレージ領域では自社保有(オンプレミス)型のサーバー設置にこだわっていた企業が、機器導入が遅れそうであることを理由にパブリッククラウドの利用を急いだという例がある。

 クラウド側にも半導体不足のリスクはあるものの、少なくともクライアント側機器を生産しているメーカーよりも、クラウドサービスを提供する巨大IT企業の方が半導体の調達能力が高い。必要な処理性能やデータ保存容量を確実に手に入れることができる。

 半導体は戦略物資であり、まさに産業のコメだ。自動車産業を発端とした今回の半導体不足が改善したとしても、同様のことが再び起こることを念頭に置いて対策を施しておく必要があるだろう。

 

 

続・常態化する半導体不足、その傾向と対策――IT向けと自動車向けで明暗、今後の注目は「デカップリング」【日経BP一歩先への道しるべ:伊藤元昭 2023年2月21日】

 2021年初頭に顕在化した「半導体不足」の問題は2022年に大きな転機を迎えた。あらゆる用途の半導体が一様に不足している状況が解消された一方で、過剰供給品種と供給不足品種が混在する状況へと移行した。半導体不足の「一歩先」を占うのは、米中対立による両国経済の乖離、いわゆる「デカップリング」の行方だ。


 パソコンやデータセンター用サーバーなどIT機器向け半導体チップは、コロナ禍による行動制限で需要が急増し供給不足に陥った。しかし2022年にその状況は完全に解消した。2022年半ばから、データの一時保存用のDRAMやフラッシュメモリーなどの供給が需要を上回り始め、2023年2月にはメモリーメーカーである韓国サムスン電子や韓国SKハイニクスの業績が急降下する事態に陥るまでになった。2022年10月~12月だけでDRAMとNAND型フラッシュメモリーの価格は約3割も下落したという。これに伴って、一時期値上がりしていたIT機器が値下げに転じる例も出ている。

 その一方で、自動車業界や産業機器業界などでは「半導体不足は今も継続している。いつ解消するのか」といった声が上がり続けている。特に自動車業界では、2022年初頭の生産計画を達成できているメーカーが見当たらないような状況である。

IT向けは供給過多、自動車・産業機器向けは不足

 2022年の半導体市場の統計と2023年の見通しによれば、IT向けにおいては供給過多、自動車や産業機器向けにおいては供給不足という明暗がはっきりと分かれている。

〔IT機器向け半導体は供給過多、自動車など向けは供給不足と対照的な状況〕

 主要半導体メーカーが加盟する世界半導体市場統計(WSTS)は「2022年秋季半導体市場予測」の中で、「2022年の世界の半導体市場の規模は前年比4.4%増となるが、2023年は同4.1%減と4年ぶりにマイナス成長になる」という見通しを示した。

 特に、パソコンやサーバーなどで多く消費されるメモリーは需要減の傾向が顕著であり、2022年の市場規模の推定値は前年比12.6%減で、2023年には17.0%減と減少率が拡大すると予想している。一方、自動車や産業機器などで多く利用されるアナログICでは、2022年の推定値は20.8%増と需要が急拡大し、2023年の予測値は1.6%増となっている。2023年については供給が追い付かず市場が伸びきれない状況とみられている。WSTSでは、IT向けCPUやGPUと自動車など向けマイコンを同じ「マイクロ」という統計区分で整理しているが、マイクロ区分については2022年は1.8%減と縮小し、2023年も4.5%減と縮小率が拡大すると予測している。


〔半導体の品種別に、需要の動きの方向は大きく異なる
出所:世界半導体市場統計(WSTS)「2022年秋季半導体市場予測」のデータを基に筆者が作成〕

 IT向け半導体の需要が減っている背景について多くのアナリストが指摘するのが、コロナ禍発生直後の特需による需要の先食いの影響が顕在化したことに加え、世界的な景気悪化とインフレによって消費者の購買活動が沈静化したことだ。実際、ここ数年間絶好調だった米国IT企業がこぞって人員整理に走るほどの業績悪化に転じており、IT産業での半導体需要の減退は推して知るべしと言えるだろう。

 さらに、IT産業向け半導体はCPU(中央演算処理装置)やGPU(画像処理半導体)、さらにはメモリーが中心であり、これらはいずれも最先端の半導体技術で製造する半導体チップである。こうした高付加価値品に特需が起きたことで、米インテル、サムスン電子、台湾TSMCなど、巨大半導体メーカーが設備投資を積み増して迅速に増産体制を整えた。このため、増産体制が整った後に起こった需要減によって、供給過多の状態となったのはある意味当然かもしれない。

 これに対し、自動車向けや産業機器向けの半導体市場では全く状況が異なる。

 自動車・産業機器向けの領域では、数世代前の製造技術で作るマイコン、アナログIC、個別半導体などが多く使われている。その一方で、データ通信などに用いるロジックやメモリーの利用比率は低い。つまり、コロナ禍によるIT産業の特需の影響を受けた品種は、この用途にはあまり使われていない。それでも、2021年初頭から特に自動車向けで半導体不足が顕在化した理由は、需要予測が外れて調達量を絞り込んだところに、供給をはるかに上回る需要が生まれたこと、それを補う半導体の製造能力がIT用など他用途に向けた半導体の製造に振り向けられて、追加調達ができなかったことなどが原因だった。

 しかも、そもそも2020年前半までは、車載用マイコンなどを製造する半導体メーカー各社は、積極的な設備投資による生産能力の増強は行わず、半導体不足が顕在化してもその傾向は同じだった。理由は2つある。1つは、半導体不足は需要の読み違いが原因であり、実際に需要が急増したわけではなかったこと。もう1つは、自動車業界は「CASE(Connected, Autonomous, Sharing & Service, Electric)トレンド」に沿ったクルマの再発明と言える大変革をしている最中であり、足下の需要に合わせて時代遅れの工場に投資しても、すぐに工場が陳腐化してしまう可能性があったからである。

 そんな増産体制が整っていない状況下で、2022年に入って感染症との共存、いわゆる「ウィズコロナ」の生活習慣が定着。社会活動も正常化に向かい自動車の需要が高まった。しかも、不足している半導体を調達できるタイミングで将来分も含めて確保すべく、実際に必要な量より多めに発注する一種のモラルハザードが発生した。このため、現時点でも半導体不足の状況が解消されないまま続いている。

DXとGXで半導体需要は増大

 ここまで示してきたように、2022年後半以降の半導体市場は応用市場ごとに状況が全く異なる。IT業界向けについて言えば2023年までは供給過剰により買い手市場が続く局面にあると言える。ただし、長期的視野から見てIT業界向けの買い手市場が継続するかと言えば、そうはならない公算が高い。

 2023年2月8日、米国半導体工業会(SIA)は、過去のデータを鑑みて、「利用市場ごとに短期的な状況変化はあるものの、長期的に見れば半導体の需要が供給を上回り続ける見通し」との見解を発表した。デジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントランスフォーメーション(GX)といった、大量の半導体需要を伴うメガトレンドは色褪せることなく継続しており、半導体需要の増大は今後も続くことを論拠としている。

 SIAと米ボストン・コンサルティング・グループが2020年に実施した調査では、半導体の製造能力に対する世界の需要は、2030年までに56%増加するという予測が示されている。IT向けのメモリー市場で見られている供給過多状況は、半導体産業の歴史の中で何度も目にしてきたシリコンサイクルの一局面とみなしているのだ。つまり、いずれ供給不足に振れる局面へと移るとみている。その一方で、自動車向けや産業機器向けで継続している深刻な半導体不足の状況は、半導体産業側での供給体制の強化が需要増に見合ったものになるかどうかにかかっているとする。

 ただし、過去のトレンドとは異なる要因がある。前回の記事「常態化する半導体不足、その傾向と対策」の中で指摘したように、CASEトレンドに従って刷新された近未来のクルマには、従来のように数世代遅れた製造技術で作ったマイコンを搭載するのではなく、パソコンやスマートフォンに搭載されているものと同等の高性能チップが搭載されるようになる。

 産業機器向けにも同様の需要側のトレンドが見られる。すると、IT向けと自動車・産業機器向けの両市場が統合され、同じ半導体工場の生産設備を奪い合う競争が見込まれる。

 そうした時代には、IT向け、自動車・産業機器向けを合算した新たな需給バランスを考える必要があり、シリコンサイクルの動きも従来とは異なるものになるだろう。IT向けと自動車・産業機器向けでは、基本的には景気変動の要因や振れ幅が異なる。このため、「それぞれの需要の増減が相殺されて安定化するのでは」とみる半導体業界関係者の声も聞かれる。しかし実際には、双方の市場の統合が起こってからでないと確かな傾向が定まらないのかもしれない。

史上空前の不足状況も供給過多もあり得る理由

 半導体不足の根治療法とは、需要を上回る生産能力を常に確保することである。そのためには、半導体メーカーによる設備投資の積み増しが不可欠だ。だが、最先端工場を建設するのに1兆円以上の資金が必要になってきた現在、どんなに体力のある半導体メーカーであっても、見切りで投資に踏み切ることはできない。失敗すれば、会社が簡単に存亡の危機に追い込まれる可能性があるからだ。

 ただし現在、半導体メーカーの設備投資を後押しする従来とは異なる原理が働き始めた。半導体不足の解消を目的にするのではなく、経済安全保障の観点から、政府主導で製造・供給体制の整備が進められるようになってきたのだ。米中対立によるデカップリング(両国経済の乖離)によって、自国経済と安全保障上の戦略物資である半導体のサプライチェーンが分断されつつある。その結果、需給バランスも、西側諸国と中国それぞれ個別の原理で変化する可能性が高まってきた。

 現在、米AMD、米NVIDIA、米クアルコムなどIT産業で大きな存在感を放つ半導体メーカーは、自社製チップの製造を、製造受託サービスを提供するファウンドリー(製造受託企業)に委託している。そして、台湾の調査会社トレンドフォースによると、2022年にはファウンドリーの売上高ベースのシェアの実に66%を台湾にある工場で上げているという。つまり、米国のIT産業は、台湾有事が発生した折には一発崩壊する可能性を抱えているのである。

 こうしたリスクを解消すべく、米国政府は2022年に「CHIPS and Science Act(CHIPS法)」を制定。520億米ドルの政府資金を拠出し、米国へのTSMCの最新工場の誘致、インテル、サムスン電子の新工場建設や既存工場の増強などを推し進めている。そして、米国内での半導体サプライチェーンの強化に向けた40以上の新規プロジェクトが発足し、合計で2000億米ドル近くの民間投資が行われている。今後のIT向け需給バランスの行方は、こうした投資の成果がいつ形になり、台湾有事が起こるのか、それとも起こらないのかによって大きく左右されることだろう。史上空前の半導体不足に陥る可能性もあれば、逆に価格の大暴落を招く類を見ない供給過多の状態になる可能性もある。いずれにしても大混乱は必至だ。


〔米国は、自国内での半導体製造・供給体制の整備を加速〕

国内供給増をIT業界はどう生かすか

 一方、日本の経済産業省も、2021年6月4日、日本の半導体産業の再興を目指した国家戦略「半導体・デジタル産業戦略(以降、半導体戦略)」を公表。日本経済の持続的成長に欠かせない産業や社会のデジタル化の実現を支え、さらには経済安全保障の観点から、国内における最先端半導体の開発・製造体制の整備を進めている。そして、2021年11月15日に開催した「第4回 半導体・デジタル産業戦略検討会議」では、日本が必要な半導体を自給自足できる体制の確立を3ステップで目指すシナリオが示された。


〔日本の半導体産業復活に向けた戦略の実行シナリオ  出所:経済産業省〕

 ステップ1では、「IoT用半導体生産基盤の緊急強化」に注力。自動車や産業機器など日本の主要産業が、足下で自動車向けや産業機器向けで利用する半導体の生産基盤確保を目的にした施策を推し進める。これまで、半導体メーカー各社が設備投資に二の足を踏んできた比較的古い世代の工場の生産能力を増強する。2030年までに、国内で完結する半導体の開発・生産に必要なサプライチェーンの整備を目指す。

ステップ2では、「日米連携による次世代半導体技術基盤」の確立を推し進める。ここで、先端技術開発、言い換えればIT機器やCASEトレンドに沿って開発する次世代車などで利用する半導体で、国際競争に負けない開発・製造体制の構築を目指す。より微細化を進展させた前工程や3Dパッケージなど先進的後工程などの技術開発を加速させる。

 そして、ステップ3では、「グローバル連携による将来技術基盤」を確立して、2030年以降の半導体業界にゲームチェンジをもたらす技術革新を起こす。具体的には、システム間、基板間、チップ間の配線での遅延や消費電力の増大を、日本に強みがある光エレクトロニクス技術を発展させた光電融合技術(NTTの「IOWN(アイオン)」構想の適用を想定)によって解消。さらなるシステム性能の向上や低消費電力化を実現し、DXやGXを支える。ここに至ると、ITシステムの内部構成にイノベーションが起こり、IT機器メーカーなど、半導体ユーザー側にも新たな利用技術の開発が求められるようになる。

 これらのうち、半導体戦略のステップ1やステップ2に該当する具体的施策は、既に実行に移された。

 まず、ステップ1に相当する施策として、TSMCの熊本への同社半導体の新工場の誘致が実現した。ソニーとの合弁で製造子会社の「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」を設立。日本政府による支援を受けて、熊本に20nmノードまでの成熟した製造技術に対応した工場を建設しており、2024年の量産開始を目指している。比較的古い世代の工場とは言え、20nmノード対応の工場は40nmノードで進化が止まっていた日本の半導体産業では最先端となる。TSMCは、日本の製造拠点では20nm以降のノードに対応するラインも設置すること、第二工場の建設も検討していることも明言している。

 その一方で、ステップ2に相当する施策として、2022年11月11日、日本での2nmノード以降の次世代半導体の量産を担う新会社「Rapidus(ラピダス)」が発足した。同社は、2027年頃の量産開始を目指しており、工場の建設候補地として北海道などを検討しているとされる。同時に、次世代半導体の研究に向けた新しい研究開発組織「技術研究組合最先端半導体技術センター(Leading-edge Semiconductor Technology Center:LSTC)」を設立。国内での最先端技術による量産製造拠点であるRapidusから必要な開発事項を吸い上げ、技術の研究開発を企画・実施し、成果をRapidusの量産製造ラインに移管して事業化する体制を整える。

 米国企業の動向を見ると、アップルやマイクロソフト、グーグル、テスラなど半導体ユーザーであるはずのIT企業や自動車メーカーが、独自の半導体チップを開発し、自社の製品やサービスの付加価値を高める動きが活発化してきている。こうした状況下で、自国内に半導体の製造・供給体制を作り上げる日本のIT企業は、そのメリットをいかに生かせるだろうか。

無線機器や電源向けの半導体に不安材料

 ここまでの動きを見ると、日米で半導体の製造・供給体制が強化される動きが目立ち、中国は世界の半導体サプライチェーンから分断されたように見える。ただし、これまであまり指摘されてこなかったことだが、中国がサプライチェーンのアキレス腱を握っている半導体の品種がある。それは、無線機器や電源などに不可欠な、高周波デバイスやパワー半導体、光デバイスの領域である。

〔半導体不足は、2022年に大きな転機を迎えている
出所:グラフのデータは、独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構発行の「鉱物資源マテリアルフロー 2018」、写真はAdobeStock〕

 スマートフォンの端末や基地局、さらには産業用・防衛用のレーダーには、ガリウム砒素(GaAs)や窒化ガリウム(GaN)を半導体材料として利用する高周波デバイスが使われている。また、最近販売量を伸ばしている超小型ACアダプタではGaNパワー半導体が利用されている。さらにLED照明には、GaNベースの青色LEDが利用されている。これらに共通している点は、サプライチェーンの最上流でガリウム(Ga)の安定調達が必須になることである。

 そして、Gaの最大消費国は日本であり、Gaの輸入相手国のうち中国のシェアが69%を占めている。しかも現時点で代わる調達先がない状況だ。米国でさえ、Gaは輸入依存度が100%の状況である。Gaはリサイクル率が高い材料であり、利用国である日本国内でも多少のやりくりは可能である。それでも現時点で平時に備蓄しておく以外に抜本的な対策がない。有事が発生した際には、ここでの供給不安が顕在化する可能性が高い。