不勉強ながらASMLは知っててもレーザーテックという企業のことまでは知りませんでした。
たしかに“検査”という手順を工程の合間々々に入れておかないと、問題が発生した時に切り分けができませんからね。
なるほど・・・と思った次第。
半導体業界を底上げするならヘナチョコ大企業なんて放っておいて、こうした高度な技術を持ったオンリーワン企業をもっとフォローアップすべきでしょう。
◆危機から時価総額2兆円へ 半導体検査装置レーザーテックの復活劇【日経ビジネス:八巻高之 2023年6月20日】
直近10年間で売上高を7倍超に急成長させたレーザーテック。最先端の半導体製造技術「EUV(極端紫外線)」向けの検査装置がけん引役だ。創業時から磨く基盤技術が生んだ新市場の突破口が、危機からの復活を支えた。
中堅企業に投資家が熱視線
東京証券取引所の売買代金ランキングでトップに立つ企業は?と尋ねられたら、多くの人がトヨタ自動車やソフトバンクグループといった巨大企業をまず思い浮かべるのではないだろうか。意外にも、正解はレーザーテックだ。
4月単月の売買代金は3兆3000億円を超え、2位の三菱UFJフィナンシャル・グループに2倍以上の大差を付けた。たまたま4月の売買が活発だったわけではない。2022年4月の東証再編以降、レーザーテックは13カ月連続で、首位を維持し続けている。
時価総額は6月6日終値で約2兆円だ。大型銘柄100社で構成する「TOPIX100」にも採用されており、NECや旭化成といった大手企業をも時価総額で上回る。
レーザーテックの従業員は昨年6月末時点で700人にも満たない。厚生労働省は常用労働者数が1000人以上の会社を大企業と定義しており、その分類に従えば同社は中堅企業に過ぎない。そんな会社がなぜ、株式市場でここまでの注目を集めているのか。理由は、世界の半導体大手が決して無視することのできない独自の技術力にある。
東海道新幹線の新横浜駅からほど近い場所にレーザーテックは本社を構えている。応接室には台湾積体電路製造(TSMC)や米インテル、韓国サムスン電子など、世界の半導体業界の先端を走る企業から贈られた賞状が並ぶ。
半導体材料のシリコンウエハーに電子回路のパターンを焼き付ける「露光」工程。TSMCなどが手掛ける線幅が5ナノ(ナノは10億分の1)メートル以下の最先端半導体に微細な回路を書き込むためには、EUVと呼ばれる非常に短い波長の光源を使う露光技術が欠かせない。露光装置自体はオランダのASMLが世界市場を独占している。だが、レーザーテックの手掛ける検査装置がなければ、EUV技術を使った最先端半導体を効率的に製造することはできない。ライバルを寄せ付けない検査装置の技術の高さが、世界の半導体大手を引き付け、株式市場での高い支持につながっている。
だが、かつてのレーザーテックは凡庸な中堅企業の一つだった。それどころか、08年のリーマン・ショック直後には、会社の存続を揺るがすほどの危機に見舞われた。09年6月期の売上高は92億円、最終損益は6億5000万円の赤字に陥り、時価総額も一時はわずか50億円台にまで下落。「解散価値」とされる純資産を大きく割り込んだ。
逆風下での社長就任
どうしたら経営を立て直せるのか。岡林社長がまず取り組んだのは、ゼロからレーザーテックの強みと弱みを見つめ直す作業だった。
技術力には自負があった。1960年に創業した同社は、もともと松下通信工業(現パナソニックホールディングス)の下請けとして、医療用カメラの製造から事業を開始した。だがやがて、半導体や液晶ディスプレー、太陽電池といったエレクトロニクス業界向けの検査装置などの独自製品に軸足を移すことで、下請け体質から脱却。この分野で数々の世界初の製品を世に送り出してきた。
「世の中にないものをつくり、世の中のためになるものをつくる」。創業以来守ってきた経営理念のもと、光学設計や画像解析といった基盤の「光応用技術」を愚直に磨き続け、検査装置の市場で存在感を高めてきた。だが、圧倒的に他社と差異化できる製品を当時のレーザーテックは持ち合わせていなかった。
土俵際で迫られた決断
土俵際からの巻き返しへ、岡林社長は2つの大きな決断を下した。
まず取り組んだのが、不採算事業の構造改革だった。ターゲットとなったのは、最大の収入源だったディスプレー検査装置事業だ。
売り上げへの依存度は高かったが、競合企業も同様の検査装置を投入するなかで、「技術的に差別化できない」。岡林社長は事業を大きく縮小させる判断を下した。市場低迷もあり、2010年6月期にはディスプレー関連事業の売上高は半減した。
社内からは当然、多くの反対の声が上がったが、押し切った。「先手を打たないといけないという危機感があった」と岡林社長は振り返る。
決断に至った背景には、同社が創業時から徹底してきた「ファブライト戦略」の制約もあった。新製品の開発に特化するため、自社で手掛けるのは試作品まで。顧客に納入する製品は外部に生産委託するという事業モデルだ。
自社で製造設備を持たないため固定費の負担はないが、外注コストを上回る付加価値が製品になければ、市場での競争力を失い、利益を出せない。売り上げは大きくてもディスプレー関連事業はこの戦略にマッチしないと判断し、縮小へと大きくかじを切った。
だが、止血をするだけでは、会社は生き残れない。「リスクを取って成長しなければならない」(岡林社長)。再起をかけて、狙いを付けたのが、半導体検査装置の技術を磨き上げることだった。
市場が見えないEUVに挑戦
今でこそ、先端半導体には欠かせない技術となったEUVだが、かつては「EUVの時代など来ない」という懐疑論も少なくなかった。商用化への道筋が見通せないなかで、レーザーテックがEUVでの知見を蓄えるきっかけとなったのが、ある国家プロジェクトとの出合いだった。
レーザーテックがまず手を付けたのが、「マスクブランクス検査」と呼ばれる工程で用いられる装置だ。露光工程では、原版のフォトマスクから回路パターンをシリコンウエハーに転写するが、この原版の材料となる、薄い金属膜で覆われたガラス基板がマスクブランクスだ。マスクに高精度な回路パターンを描くためには、まずマスクブランクスは均質で無欠陥であることが大前提となる。
レーザーテックがマスクブランクスの検査装置の市場に参入したのは00年。後発組だったが、競合の日立ハイテクに微細化対応で先行し、当時は市場を事実上、独占していた。
ここに目を付けたのが、日の丸半導体の基盤技術を確保する目的で立ち上げられた半導体関連企業による研究コンソーシアムだった。東芝やルネサスエレクトロニクスなどが出資して設立されたEUVL基盤開発センター(EIDEC)。11年にEUV光源のマスクブランクス検査装置の共同研究先としてレーザーテックを選んだ。共同研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する国家EUVプロジェクトの一部だった。
EIDECで14年から社長を務めた森一朗氏は「レーザーテック社員の技術力があったからこそEUV光源のマスクブランクス検査装置の開発が進展した」と振り返る。国プロで蓄えた要素技術をベースにレーザーテックは独自開発を続け、17年にはEUV光源で世界初となるマスクブランクス検査装置を実用化した。
だが、マスクブランクス検査装置の市場はフォトマスク自体の欠陥を検査する装置と比較すると小さく、同社の半導体関連の売上高でも1割以下。「大手のやらない世界でニッチトップを狙う」というレーザーテックの戦略にはマッチしていたが、「本丸」は世界の競合メーカーも実用化できていないEUV光源を使うマスク検査装置の開発だった。
レーザーテックは、1976年に世界で初めてマスク検査装置を実用化した先駆者だ。だがその市場に立ちはだかったのが、米半導体製造装置メーカーのKLAテンコール。KLAはM&A(合併・買収)を繰り返して規模を拡大し、レーザーテックの地位を侵食した。2000年代には一時、同社の世界シェアは5%以下まで低下。年間の出荷台数が数台にまで落ち込んだこともあったという。
巨額受注をもたらした新装置
その後、顧客からの要望を素早く次世代機の開発に反映させる取り組みなどが奏功し、19年までに半導体工場におけるマスク検査装置の世界シェアを8割まで取り返した。だが半導体の微細化への要求が高まるなか、市場では「次はEUV露光」との要請が強まっていた。ライバルであるKLAとの戦いを制するためには、EUV光源を用いた検査装置の開発で先行することは必須条件となった。
EUV露光に使うフォトマスクにはガラス基板上に金属の多層膜を作って回路パターンを描く。もしマスクに微細な欠陥などがあると、それがシリコンウエハーに転写されてしまう。「キラー欠陥」と呼ばれる深刻なものなら、製造された半導体が全て不良品になる。半導体製造の採算性を左右する「歩留まり」を悪化させないため、マスクの欠陥を確実に検知できるマスク検査装置が重要になるわけだ。
だが、EUV以前のマスク検査で使っていた波長の長い光線では、多層膜の表面で光が反射してしまい、表面的な欠陥しか検知できなかった。EUV露光の商業化には、マスク深部の欠陥も検知できる、EUV光源を使ったマスク検査装置がどうしても必要とされていた。
まだEUVの市場性が見通せなかった時から、マスクブランクス検査装置の開発に向けて、EUV光源の研究開発を重ねてきたレーザーテック。19年にはEUV光源を使ったマスク検査装置の開発にも成功した。これでEUV露光の実用化に向けて必要な検査装置がそろい、半導体の微細化を巡る世界競争のなかでEUV技術は一躍、主役へと躍り出た。
ライバルのKLAにEUV光源を使ったマスク検査装置の開発で先行したレーザーテックには、TSMCなど世界の半導体メーカーからの発注が殺到。かつて売上高が年100億円前後に過ぎなかったレーザーテックだが、23年3月までに受注残高は4000億円超にまで積み上がった。19年6月期からの3年間で売上高は3倍超に急成長した。
KLAは今年6月時点でもまだEUV光源を利用したマスク検査装置の開発に成功していないもようだ。楽天証券経済研究所の今中能夫チーフアナリストは「今後もレーザーテックの独占が続く可能性の方が高い」と見る。
岡林社長は同装置の開発について、「成功には『運』の要素もあったと思う」と振り返る。「ただ、リスクテイクし新たなことに挑戦してやり切るチャレンジ精神こそがEUV光源のマスク検査装置につながった」
半導体一本足から脱却へ
リーマン・ショック後の経営危機を超えて、急成長を遂げたレーザーテック。だが同社の前には今、調整局面に入った半導体市況という、不安要素が立ちはだかっている。
2月1日、同社の株価は前日の終値から一時13.8%落ち込んだ。前日に23年6月期の半導体関連装置の受注高見通しを前期比49.2%減と、従来想定の10.1%減から大きく下方修正したことが要因だった。ピークだった21年の後半には3兆円を超えた時価総額も足元では2兆円程度にまで下がっており、一時の勢いは衰えている。
レーザーテックの売上高の2割を占める重要顧客である、TSMCの4月単月の売上高は前年同月比14.3%減と大きく落ち込んだ。単月では4年ぶりの減収だった3月に続き、2カ月連続での2桁減となった。
足元の市場環境について、岡林社長は「コロナ禍で急増した需要が、反動で一時的に減少したに過ぎない」と強気を貫く。「対話型AI(人工知能)のChatGPT(チャットGPT)などの利用拡大を通じ、半導体需要は中長期でまだまだ成長していくはずだ」と力を込める。
だが半導体市況の先行きを楽観視して需要回復を待つばかりではない。現状の半導体一本足打法からの脱却を目指した戦略にも既に手を打っている。そのための武器となるのが、同社の社名の由来にもなった光学技術を用いた「レーザー顕微鏡」だ。
高さ70cmほどの新型のレーザー顕微鏡には、「レーザーテック」と印字された円筒型の対物レンズが備え付けられている。パワー半導体に用いられる艶やかなシリコンカーバイド(SiC)のウエハーが自動で対物レンズの前を移動すると、モニター上に分析結果が浮かび上がった。
レーザー顕微鏡で蓄えてきたノウハウからは、パワー半導体の高性能化に欠かせないSiCウエハー向けの検査装置や、電気自動車(EV)シフトで需要の急拡大が見込まれるリチウムイオン2次電池(LIB)の検査装置といった新たなビジネスも生まれている。「SiC向け装置では昨年度に100億円以上の発注が来た」と岡林社長は明かす。
レーザーテックは、レーザー顕微鏡に用いるコンフォーカル(共焦点)と呼ばれる、焦点のあった箇所のみの画像を鮮明に取得する技術を強みとしてきた。ただコンフォーカル技術を使うレーザー顕微鏡自体の売上高は、全体の2%以下に過ぎない。
それでも、同社がこの技術を守り続けるのは、レーザー顕微鏡が「世の中のニーズを探るためのアンテナだ」(岡林社長)との意識があるからだ。最先端の半導体検査技術で世界を席巻するレーザーテックだが、原点に立ち返る場所はしっかりと持ち続けている。
「企業規模は今後も追求しない」と岡林社長は言い切る。「大切なのは、我々の技術が顧客にどれだけ貢献できるか」。ニッチトップ戦略を軸とするユニークな企業であり続けたい、と岡林社長は語る。
外資系企業での半導体関連のマーケティング職を経て01年にレーザーテックに入社した岡林社長は「町工場の延長にあるような会社だ」と感じたという。
今もその印象は大きく変わらない。株式市場からいかに注目されようとも、磨き抜いた光応用技術で新たな市場を開拓する。そんなベンチャー精神は決して忘れないつもりだ。