ツイッターで書き散らかすだけなら衣笠太朗さんが仰ってるように
「結局は、投稿した論文がその学術誌の求める水準に達しているかどうかだと思うな。そうでなければ不掲載、そうであれば掲載されるだけ。」
で一蹴されるだけの話なのでしょうけど、プチバズってるのがナンダカナァ〜と。
元のツイ主は埼玉で企業経営してて経営管理の修士号を持ってるらしいのですが、
畑違いでも論文の作法なんて基礎部分はそう変わらんでしょうに、プチバズ含めて
「我々は、どこで道を踏み誤ってしまったのだ?」(ガンダムX、ランスロー・ダーウェルのセリフ)
と日本の教育の敗北感みたいなのがジワッとこみ上げてしまいます。
歴史学での査読付き論文、「投稿から掲載まで2年以上かかる」のなんてザラにあるな。とりたてて特殊事例でも、妨害された事例でもないと思う。論文の内容についてはすでに墨東氏が指摘しているので触れないが、時間をかけた査読のシステムそのものはしっかりと機能しているようで素晴らしいと思った🤔 https://t.co/arGTIYGjIZ
— Lotzun (@lotzun_DeuPol) October 10, 2022
査読が簡単に通る方が学術誌としてダメでしょ。あれこれ指摘されながら何とか掲載までもっていくのが通常のパターン。論文が何度もリジェクトされたからって「歴史学はやばい!左翼学者ばかりだ!」と主張するのは逆恨みみいいところだろう。それなら僕も同様の主張する権利があるということに文字数
— Lotzun (@lotzun_DeuPol) October 10, 2022
ちなみに某歴史系学会誌の査読通過(=掲載)率は投稿数全体の1割程度だったと思う。大規模学会の会誌だとどこもそれくらいではないかな。なのでリジェクトは別に異常な事態ではなく、ましてや「左翼学者の陰謀」では決してないので安心してください。
— Lotzun (@lotzun_DeuPol) October 10, 2022
結局は、投稿した論文がその学術誌の求める水準に達しているかどうかだと思うな。そうでなければ不掲載、そうであれば掲載されるだけ。
— Lotzun (@lotzun_DeuPol) October 10, 2022
この一連のツイートは、日本の歴史学について無茶苦茶な難癖をつけています。それが900以上のRT、1500に近いいいねを集めている状況には、肌に粟が生じる思いです。この徳永氏のツイートの何がおかしくて、どうしてこうなったかについて、私の考えを以下に述べます。 https://t.co/wkqvCtdj7n
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
一連のツイートで徳永氏は、日本のアカデミズムは「左翼」が牛耳っていて、「日中関係史の1911-45年は左翼の反日史観だけがあって、実証研究は疎ら」などといいます。いつの時代の話をしているのでしょうか。半世紀以上前なら多少分からなくもないですが、今は21世紀です。https://t.co/iI22x08e3Y
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
徳永氏はミリタリーマニアのようですが、でしたら軍事史学会を知らないということはないのではないでしょうか。アカデミズムの戦史研究を代表する学会で、たとえば『日中戦争の諸相』などという大部な実証研究論集を出したのは、四半世紀も前の1997年のことです。https://t.co/GnNWXsE1Sk
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
軍事史学会の『日中戦争の諸相』は、第二次世界大戦全体を扱う三巻本の一冊として、戦後半世紀を期して編まれました。それからさらに四半世紀、研究はいっそう進展し、軍事史学会も2008年に『日中戦争再論』とまた論集を出しています。https://t.co/UfiWZHqRln
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
さらに遡れば、例えば今でも重鎮として外交史を中心に広く活躍されている北岡伸一先生が、主著『日本陸軍と大陸政策』を世に問われたのは、1978年のことです。北岡先生は確か読売の書評か何かもやっておられて、リベラルであっても左翼とはとてもいえない方でしょう。https://t.co/eg5BqNs8P7
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
私は日中関係史などは門外漢なので、これといった本は持っていませんが、徳永氏が水道の研究をされているのでインフラつながりで思いつくので、林采成先生の『華北交通の日中戦争史』が近年出ています。これもきわめて実証的な研究で、イデオロギーを押し売りなんかしません。https://t.co/v1doAPCJQL
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
あるいは、旧友の鮭缶こと塚本英樹氏も『日本外交と対中国借款問題』を世に問うていますが、彼も全く左翼的ではありません。友人として保証します。そもそも彼の指導教員の先生からして、かなり保守的な方だったと聞いています。ぜんぜん「左翼」が牛耳ってなどいないのです。https://t.co/52mzrvLkGX
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
このように、徳永氏の歴史学会の認識は全く誤っており、マルクス主義の発展段階に強引に当てはめるような論などここ半世紀はなくなっています。まず何よりも史料に基づいた実証的であることが尊重されているのです。むしろそれが進みすぎて、全体の見取り図が描けない、蛸壺化が反省されています。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
だいた徳永氏の論も奇妙で、「日中関係史の1911-45年は左翼の反日史観だけ」といいますが、もし日本の侵略を批判する歴史研究をするとしたら、日清戦争を含まないなんておかしなことです。もともとの論が無茶ですから、破綻しているのは当たり前なのですが。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
さて、私も徳永氏を批判するからには、その論文を読んでみました。ネットで見られる「日本占領下の中国山西省における上水道建設」「日中戦争下の山西省太原都市計画事業」の二本だけですが。「サヨクに叩かれた!」というからには、さぞかし濃ゆい主張があるのかと思って読んだら、拍子抜けしました。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
徳永氏の論文は、中国の文書館の史料も利用した、実証的な手続きはちゃんとしたもので、主張も突飛なところはありません。むしろ大人しすぎて、読んでいて「ああそうなんですか。……で?」となってしまう、平板さというか面白味が乏しいのが特徴(難点)といえるのです。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
山西省のインフラ整備に日本陸軍がいろいろやりました、それは軍閥の閻錫山との関係を保つためでした。それは分かりますし、史料から無理のない主張です。でも、それだけなのです。それで、何がこの論文が新しく歴史の見方を変えているのか、それが明らかでないので、論文の「売り」が見えないのです。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
これはまさに大学院入りたてのM1とかが、いろいろ史料を調べました、とだけゼミで発表して、先生や先輩にぼこぼこにされる典型例です。その史料を使って何が言えるのか、先行研究が明らかにしたことをどうアップグレードできるのか、それを示さないと、単にマニアックな些事をほじくりだしただけです。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
太原の水道管の直径が何ミリであろうと、それだけではトリビアに過ぎません。インフラを通じて、たとえば閻錫山と日本軍の関係が、通説言われていたことと違った局面が見えたなら、それは立派な学術成果です。しかし徳永氏の論文には、そこが十分に説明されていないという重大な問題点があるのです。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
E.H.カーは『歴史とは何か』の中で、事実を堅固な種に、解釈を柔らかな果実に例えた論者を、「果物は実が大事なのに」と皮肉っています。歴史研究はまず事実を調べることですが、それをどう解釈するのかが一番大事なのです。そのために先行研究の検討が必要になります。https://t.co/34ixPUQJPq
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
学会の雑誌の書評でも、まあだいたいの本は褒めて書くのですが、時々「この本はひどい」という書評が出ます。一番多いパターンが、先行研究をちゃんと把握していないので何が主張かぼやけている、というものです。よく使われる表現では「先行研究との緊張関係が明確でない」と書かれます。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
事実を調べるのは大前提ですが、あくまでも前提です。そこからどう解釈するかが大事なのです。もちろんその解釈が得手勝手ではいけません。そうならないように、先行研究を参照するのです。マルクス主義の歴史学というのも、解釈の手引きとしてマルクスを利用しているということなのです。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
もちろん、手引書の解釈を教条的に当てはめるのはいけません。しかし、何の道しるべもなしに解釈しても、自分勝手になるだけです。そこで先行研究との関係から、自分の解釈を位置づけるのです。こうして、多くの研究がつながっていって、歴史学という大きな星座を形作っていくのです。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
徳永氏は査読でいちゃもんを付けられたが「完全論破」した、と誇っています。たぶんこれは、査読の読み間違えだと思います。何が主張したいのか、日本軍の現地への貢献を論じたいのかとでも問い返されたのを、イデオロギーの押し付けと勘違いしたのではないかと疑っています。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
もちろん、俺は歴史学の造る「星座」になんか興味ない、俺は俺の知りたいことを調べてるだけだ、という立場もあり得ます。マニアや好事家、在野の愛好家という立場ですね。徳永氏も「星座」に関心がないなら、そちらの道を目指されてはいかがかと思います。『歴史群像』とかいいのではないでしょうか。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
さらにいえば、マニアのひたすらな事実発掘が、後から見直すと歴史の見方を変える手がかりを秘めていた、なんてこともあります。その典型例が私もやっている鉄道史です。こうして在野とアカデミズムの交流が豊かな成果を生むこともあるのです。私自身、在野の人を学会に引っ張り込んだことがあります。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
だから誤解しないで欲しいのですが、私のツイートは徳永氏の誤謬を指摘する意図はあっても、氏を学界から追い出せとか、歴史をやるなとか言ってるわけではありません。「日曜歴史家」はアリエスを筆頭に偉大な成果を上げてきました。私は不幸な誤解をましにしたいのです。https://t.co/CB2K28LLan
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
つまり、研究成果を意義あるものにするのは、他者(の研究成果)との対話が必須であり、その対話の積み重ねで「星座」を創っていくのが学問です。査読もその対話の一環であり、「完全論破」などを誇るようなものではありません。そこには徳永氏の誤解が明らかにあります。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
徳永氏は好事家路線ではなく、学問への参入の道を選ばれたのでしたら、その世界の発展に貢献する手法を取るべきです。ひょっとして徳永氏は「サヨクだらけの学会など俺様が鎧袖一触粉砕してくれる!」などという意図で学会誌に投稿されたのでしょうか。その方がよっぽどイデオロギッシュでしょう。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
何度も繰り返しますが、学問的に意味のある解釈なんかどうでもいい、俺は俺の知りたいことを調べるだけだ、という行き方があってもいいのです。さらにいえば、歴史学では前提の事実発掘だけでも、「研究ノート」「史料紹介」という形で業績として評価されます。そういうやり方もあるのです。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
徳永氏はかなり熱心なミリタリーマニアのようですので、その路線を貫徹した方が、結果的に学問的な成果にも早く近づけるのではないかと思います。それは、鉄道マニアがそのまま研究者になったような人がごろごろいる(私もそうです)鉄道史をやっている私の、経験に基づいた見解です。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
私もそのような経歴なので、学術的な意義は二の次に、史料に見える面白いトリビアに惹かれすぎて、余計な記述を論文に書いてしまい、「削った方がいい」と査読で意見されたことが何度もあります(苦笑)むしろ私は、そういう細部への偏愛や感心こそ、歴史を学ぶ原動力の大きな部分だと思っています。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
長くなったのでまとめますが、まず歴史学は「左翼が支配」案ぞしていないし、実証的な日中関係史の研究はいくらでもあります。そして実証的な研究と言えど、事実そのもの以上に、それをもとにした解釈こそが大事で、その成果同士がつながっていくことで学問は発達していくのです。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
徳永氏の誤謬は、学界への変な思い込みから、先行研究の流れを理解し、自分の研究の意義を打ち出すことができず(おそらく)それを批判されたらいっそう妄念を強化した、ということではないかと思います。全くの悪循環で、このスパイラルを何とか止められないかというのが、私がツイートした所以です。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022
なんというか、味方として馴れ合うか敵として攻撃するかの二分ではなく、先の「先行研究との緊張関係」という言い回しのように、一定の緊張関係をはらみつつ協力していく、という成熟した関係を目指すことが大事なのだろうと思います、と一般論に落とし込んで、ひとまずここで一区切りとします。
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) October 10, 2022